企業法務

日本版司法取引制度及び刑事免責制度と企業活動への影響について

1 はじめに

⑴ 平成28年5月24日に「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が可決されました(以下「改正法」といいます。)。また、改正法は、本年3月16日の閣議決定によって、本年6月1日から施行されることが決まりました。

⑵ 改正法では、検察官による証拠収集へ被疑者・被告人が協力し、その見返りに刑事責任の減免を受ける制度(以下「日本版司法取引制度」といいます。)が導入されました(改正法350条の2乃至350条の15)。

⑶ また、裁判における証人尋問では、証人には自己に不利益な供述を強要されないという自己負罪拒否特権が認められておりますが、この拒否権を行使する証人に対して、証言を不利に取り扱わないことと引き換えに、証言の拒否権を消滅させて証言を強制するという刑事免責制度(改正法157条の2、改正法157条の3 以下「刑事免責制度」といいます。)も導入されます。

⑷ 改正法の施行後は、企業の役職員が贈賄や脱税、粉飾決算等の犯罪に加担した後、自らの刑事責任の減免を図るために、同僚社員の犯罪に関し、捜査機関に積極的な協力をする事案が出てくることが予想されます。 また、複数の企業が関与する犯罪においては、ある企業が他の企業の犯罪への関与を捜査機関へ自主的に申告する事案が出てくることも予想されます。

⑸ そのため、今後は、会社における不祥事の未然防止や不祥事の早期発見のために、社員教育や内部通報制度の充実等にこれまで以上に注力していくことが求められます。

2 対象となる犯罪

⑴ 司法取引の対象となる犯罪類型

司法取引の対象となる犯罪は、一定の類型に限定されております。 具体的には、被疑者・被告人の刑事事件の被疑事実と被疑者・被告人が捜査に協力する「他人の刑事事件」の被疑事実の両方が、「一定の犯罪」に該当する場合です。企業法務との関係では、以下の犯罪類型が重要です。

  1. 租税に関する法律の罪(脱税等)
  2. 独占禁止法違反(談合、価格カルテル等)
  3. 金融商品取引法違反(粉飾決算、インサイダー取引等)
  4. 特許法違反(特許権侵害等)
  5. 貸金業法違反(無登録営業等)
  6. 破産法(詐欺破産等)
  7. 会社法違反(特別背任等)

3 被疑者・被告人と検察官との取引の内容

日本版司法取引制度の利用に際して、被疑者・被告人と検察官は、それぞれ下表に掲げる行為の少なくともいずれか一つを、「取引」として提供することとされております(改正法350条の2第1項1号および2号)。

 

【被疑者・被告人が提供できる取引の内容】

      
  1. 捜査機関の取調べに際して真実の供述をすること
  2.   
  3. 証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること
  4.   
  5. 捜査機関による証拠の収集に関し証拠の提出その他の必要な協力をすること
 

【検察官が提供できる取引の内容】

      
  1. 不起訴処分
  2.   
  3. 公訴の取消
  4.   
  5. 軽い罪名での起訴
  6.   
  7. 罪名の変更
  8.   
  9. 軽い求刑を行うこと
  10.   
  11. 即決裁判手続の申立てをすること
  12.   
  13. 略式命令の請求をすること

特定の企業が刑事事件で訴追されるとなると、事業活動に大きな支障を生じさせる恐れがあるため、上記のとおり、検察官が提供する取引の中に、不起訴及び公訴の取消しという選択肢が用意されていることは、企業が司法取引に応じるか否かの判断をする際の重要なポイントになると思われます。

4 弁護人の関与の必要性

日本版司法取引制度では、1.被疑者・被告人と検察官との間の情報収集能力や交渉能力の格差の存在や2.被疑者・被告人が刑事責任の減免という検察官からの見返りを欲するあまり、虚偽の供述等を行って関係ない者を巻き込む危険性があることを考慮して、被疑者・被告人と検察官とが上記3の取引について協議を行う時は弁護人が関与し、実際に合意する時は弁護人の同意が必要とされています(改正法350条の3第1項、改正法350条の4)。

5 合意不成立の場合の取扱い

改正法では、仮に、被疑者・被告人との間で取引の合意が成立しなかった場合においても、検察官は、被疑者・被告人との協議の過程でなされた「他人の刑事事件」についての供述を証拠とすることができないとされております(改正法350条の5第2項)。

他方で、協議中になされた被疑者・被告人の供述を手掛かりに、捜査機関が更に捜査を行って新たに証拠を獲得した場合(いわゆる「派生証拠」)については特段の利用制限は存在しない。そのため、検察官との協議中にした自己の供述を端緒として獲得された派生証拠が、共犯の事件だけでなく、自己の事件においても利用される可能性があることには注意が必要です。

6 合意終了時の効果

改正法では、司法取引についての合意が成立した後、違反行為等一定の終了事由が発生した場合には、合意が終了し、両当事者は合意の拘束から解放されることになっています(改正法350条の10第1項各号、改正法350条の11)。  この場合、検察官は改めて被疑者・被告人を起訴することが可能となり、被疑者・被告人は捜査への協力義務から解放されることになります。

7 刑事免責制度について

証人には、自己負罪拒否特権(改正法146条)が認められているため、原則として、証言を拒絶することができますが、刑事免責制度が適用されると、当該証言を自身の刑事裁判手続において不利益な証拠として用いないこととする代わりに証言を強制されることとなります。刑事免責制度は、検察官が利用を請求し、裁判所が決定を下す制度であり、取引の要素はありません。

今後、この刑事免責制度を活用して、これまで捕捉が難しかった企業の国際犯罪等について、日本の捜査機関の活動が活発化する可能性があります。

8 おわりに

日本版司法取引制度及び刑事免責制度の創設により、他社の従業員が自社や自社の従業員の刑事事件についての供述を積極的に行ったり、企業内の従業員同士で、相互に、他の従業員が関与した刑事事件について、積極的に捜査機関に申告、供述を行うというインセンティブが生じることになります。このような現象が起こった場合には、企業の刑事責任を問題とする事案が増加していく可能性があります。

したがって、企業としては、企業犯罪の撲滅や早期発見に向けてコンプライアンス体制の拡充や社員教育に取り組む必要があると考えられます。日本版司法取引制度及び刑事免責制度への対応についてお悩みの方は、一度弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。

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