住宅

定期借家実務マニュアル

第5

定期借家の各方面への影響

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旧来の借地借家法の正当事由による解約制限は1941年戦時緊急立法として導入され、 戦時下及びこれに続く混乱の時代に一定の役割を果たしました。 しかし、 当時と住宅・経済事情が全く異なる今日においては、 借主の保護に傾きすぎており、 このことがむしろ健全な賃貸住宅の供給を阻害しています。 また、 借主にとってもライフスタイルに応じた円滑な借り替えを阻害し、 望む時に望むタイプの住居が得られることを阻害しています。 市場の機能を有効に働かせ、 それぞれに特徴があり、 ゆとりある賃貸物件が市場に豊富に供給されるよう、 供給阻害の要因を取り払う必要があります。 このような賃貸市場の歪みを是正するために、 定期借家法は立法化されましたが、 この定期借家権の成立により、 賃貸物件の供給、 需要の状況が正常化され、 賃貸物件の供給者や物件の多様化がすすむとともに、 需要者も多様化し、 賃貸物件に対する意識も大きく変化してきています。
貸主側の変化として、
(イ)
賃貸住宅の供給を阻害していた借家権の発生がなくなることにより、 遊休不動産や、 青空駐車場等に供されていた土地が大量に賃貸住宅市場に供される。
(ロ)
大企業も含めた法人が、 本格的に住宅賃貸事業に参画してくる。
(ハ)
多様な賃貸物件が市場で流通するようになり、 賃貸経営の幅が広がる。
(ニ)
貸家の物納が可能となる。
(ホ)
賃貸物件の賃借人居付きのままでの転売が容易となる。
(ヘ)
自宅を、 賃貸物件として供給する動きが加速される。
(ト)
賃貸住宅の寿命に合わせて、 借家契約期間を決められるので、 建物取壊し、 建替えが容易となる。
(チ)
不良入居者を、 再契約しないことにより排除できる。
(リ)
高齢者が入居者として有望なマーケットになる。
(ヌ)
実勢経済に合わせた賃料水準による賃貸事業が要求される。
(ル)
賃貸経営上、 付加価値 (設備、 サービス等) をどのようにつけるかが、 ポイントになってくる。
(ヲ)
賃貸事業での競争が激化する。

などが挙げられます。
又、 借主側の変化として、
(イ)
良質の賃貸物件を割安の賃料で借りられる。
(ロ)
様々な物件から選択できるようになる。
(ハ)
広い賃貸住宅が供給されるようになる。
(ニ)
再契約時の貸主との家賃交渉が厳しくなる。

などがあります。 以下、 それぞれの項目について説明します。
(1)

貸主側の変化

(イ)
賃貸住宅の供給を阻害していた借家権の発生がなくなることにより、 遊休不動産や、 青空駐車場等に供されていた土地が大量に賃貸住宅市場に供される。
旧来の借地借家法による借主保護偏重のため、 多くの土地所有者は多額の明渡料や明渡し時期の不透明さを恐れ、 できるだけ権利のつかない形での活用をしてきました。 したがって、 多額の固定資産税を負担しながら、 全く収益を生まない遊休地のままであったり、 せいぜい青空駐車場による活用に留めていたわけです。
しかし、 定期借家法の施行により契約した期間が満了すれば、 確実に明渡料負担なしに貸家が戻ってきますので、 自由に期間を設定し、 その間有効に貸家経営をすることが可能となりました。 そこで、 多くの土地所有者が今まで活用していなかったり、 青空駐車場程度の活用であった土地を一斉に賃貸住宅の用に供し始めると予想されます。 大量に供給が増加すると、 借主にとっては、 多様な貸家の中から自分にもっとも合った良いものを選択できるというメリットが発生しますが、 貸主側から見れば、 賃料が下がり、 競争が激化することが予想されますので、 自己の計画する貸家建築、 既に所有する貸家について、 他の物件との差別化を図り、 競争力を高めなければ、 競争に打ち勝ってゆくことができません。 従って、 高度な専門知識と高いコンサルティング能力を持った信頼できる専門家に、 市場調査から建築賃貸管理まで委せることが必要不可欠となります。
(ロ)
大企業も含めた法人が、 本格的に住宅賃貸事業に参画してくる。
今まで、 大企業も含めた法人は、 賃貸事業、 特に住居の賃貸には殆ど進出していません。 これは、 旧来の借地借家法による権利が借主保護に片寄りすぎていることと、 大規模修繕や建替等のための明渡し期日、 費用等の予測が不可能なことが主な要因でした。 ところが、 これらの阻害要因が定期借家法の対象となる借家で完全に取り払われたため、 今後は豊富な資金力を持つ法人や、 広大な遊休地を持つ法人、 好立地に遊休地を持つ法人が、 本格的に住宅賃貸事業に参画してくると予想されます。
(ハ)
多様な賃貸物件が市場で流通するようになり、 賃貸経営の幅が広がる。
定期借家法の対象となる借家の場合、 自由な市場競争が可能になるため、 借主の様々なニーズに合わせて多様な賃貸物件が市場に出回るようになると予想されます。
例えば、 高齢者対応住宅として、 バリアフリーの設備を備えたもの、 通路幅が車イス対応のものや、 バス・トイレ・キッチンが高齢者対応の設備を備えたものは、 人生の終末期の一時期だけ必要なものですが、 その設備コストは非常に大きく、 壮健な世代からそれを持ち家で準備しておくことは無駄であると言えます。 従って、 高齢になった人が人生の終末期を快適にすごすための高齢者対応賃貸住宅は大きなニーズがあり、 今後はそれを前面に打ち出した賃貸物件が出てくると予想されます。 また、 郊外の農園付き住宅やセカンドハウスなども、 定期借家権対象の住宅として供給されると予想されます。
(ニ)
貸家の物納が可能となる。
不動産が相続財産の大きな部分を占める資産家にとって、 多額な相続税をいかにして納税するかという納税問題が、 近年の主要な悩みとなっております。
現金預金等換金性の高い資産が少ない場合、 相続した不動産を処分して現金納付をする方法が考えられますが、 納税期限までの限られた期間内で不動産を相続税評価額以上で処分することは不動産市況が低迷している現状では大変に困難で、 ましてや権利が付いている貸地、 貸家を処分して納税に充てることは、 極めて難しい状況です。 そこで物納による納税が資産家の関心を集めておりますが、 旧来の借地借家法の適用を受ける借家及びその敷地は、 ほとんど物納不適格となっていました。 なぜなら、 収納する国側としては、 借家は修繕等の管理義務が発生するということと、 一般への処分が容易でないということの2点を理由として、 物納をほとんど認めておりません。 このため、 不動産が相 続財産の大きな部分を占める資産家のうち多くの方々が、 物納のためにわざわざ有効利用に適する土地を更地として残しておいたり、 せいぜい駐車場としての活用にとどめるというマイナス思考の納税対策を行っておりました。
今回の定期借家法の成立により、 借家の契約期間を例えば1年間に定めれば、 1年後には明渡し料等の負担なしにすべての契約が終了し、 土地は借家権のない更地になりますので、 物納物件として十分その要件を満たすものとなります。 また、 国側としても、 定期借家権の対象となる借家であれば、 期限がくれば明渡しのトラブルや明渡し料の負担なしに権利関係を終了できるので、 いつでも一般に処分できる物件ということになり、 入居人付きのままでの物納も認める可能性が高くなると予想されます。
(ホ)
賃貸物件の賃借人居付きのままでの転売が容易となる。
定期借家法の対象となる借家の場合、 借主との契約期間が過ぎれば、 明渡料の負担なく退去してもらうことができますから、 貸主が再契約をしなければ、 いつかはすべての借主は退去してしまうことになります。
例えば、 契約期間がすべて2年であれば、 今後2年の間にすべての借主は退去してしまうわけです。 従って、 賃借人居付きのままであっても、 その賃貸物件の購入者は数年間待つことにより、 賃貸物件を更地にしたり、 他目的に転用ができることになりますので、 売買されることとなります。
又、 長期の定期借家契約のついた物件の場合は、 一定期間における収益が確実に予測できますので、 投資対象として売買されることが多くなると予想されます。 このように、 定期借家法の対象となる賃貸物件の売買は、 今後ますます活発になると予想されます。
(ヘ)
自宅を、 賃貸物件として供給する動きが加速される。
これまでの日本の社会では、 旧来の借地借家法の影響もあって、 良質な広い賃貸物件が合理的な家賃でほとんど供給されていません。 そのためもあって、 持ち家指向が強く、 世界的に見ても持ち家の全世帯に対する比率は非常に高くなっています。
持ち家は未来にわたってずっと自分の所有物ですから、 大変に良い資産といえますが、 持ち家にもいくつかの欠点があります。
その1は、 ライフスタイルに合わせて簡単に家を移れないこと、 その2は、 年齢の経過による家族構成の変化に容易に対応できないことなどです。
例えば、 郊外に150㎡を超えるような持ち家を持って、 そこに高齢の夫婦又は独居老人が住まいしている状況は、 あまり快適なものとは言えず、 むしろ、 そのような家は働き盛りの多人数家族に賃貸に出し、 その賃料収入の一部で都心の利便性の良い賃貸マンションに住むほうがより快適な生活が営まれると言えます。
しかし、 旧来の借地借家法のもとでは、 貸してしまうと戻ってこない可能性がありますし、 立退いてもらいたい時に多額の立退料がかかるかもしれないということで、 自宅を貸家として供給するという選択が困難な状況にありました。 今後は定期借家法の対象となる借家として契約することにより、 確定的に決められた日に何の負担もなく戻ってくることになりましたので、 自宅が今の生活にミスマッチであると感じている人々の多くが自宅を賃貸物件として供給し、 自分は他の賃貸物件に住むか、 新たな住宅を購入して居住するようになると予想されます。
(ト)
賃貸住宅の寿命に合わせて、 借家契約期間を決められるので、 建物取壊し、 建替えが容易となる。
定期借家法の対象となる貸家の場合、 契約期間を決めて、 その期限が到来すれば立退料等の負担なしで明渡しができますので、 賃貸住宅の物理的寿命や、 経済的寿命に合わせて、 契約期間が終わるように契約を結んでおけば、 取壊し建替えや他の用途への転用が自由にできることとなります。
このことにより、 賃貸建物への投資と回収、 再投資がビジネスとしてはっきり計算予測できることになります。 土地所有者や金融資産所有者で投資対象を求めている人にとって、 明渡し時期がはっきりと決まり、 立退料等がいらないということは大変なメリットです。
また、 建替えが合理的な時期に行えることになると、 危険な老朽化した貸家が残り続けるということも少なくなり、 借主の安全面からも良い効果をもたらすと考えられます。
(チ)
不良入居者を、 再契約しないことにより排除できる。
旧来の借地借家法では、 継続して貸し続けることが原則となっていましたので、 質の悪い入居者を排除することはとても困難であり、 退去させることができたとしても、 その手続きに高額の費用がかかるということが多くありました。 このことのために逆に入居者の選別が過剰に厳しくなり、 特に問題がない借主であっても、 勤務先や保証人によって入居を拒否されるということが多く起きていました。 しかし、 定期借家権の対象となる借家の場合、 例えば1年の契約期間にすれば、 1年経過後に質の悪い借主とは再契約をしないことにより退去させることができます。 又、 勤務先や保証人等で若干疑念のある借主であっても、 契約をして一定期間その入居状況を観察できることになります。 不良入居者の排除ができるということは、 借主側に緊張感を与えるという副次的効果もあり、 建物を大切に扱ったり、 近所とのトラブルが減少したり、 賃料の滞納が減少するという良い効果が生まれると予想されます。
(リ)
高齢者が入居者として有望なマーケットになる。
これまでは高齢者の場合、 社会的弱者ということで、 明渡しにおいても正当事由が認められにくく、 明渡しが困難なため高齢者が借主として敬遠されがちであるという状況になっていました。
しかし、 定期借家契約の場合、 賃貸期間を例えば2年とすれば、 高齢者であっても2年ごとに再契約か退去かを貸主と借主の間で協議することになりますので、 高齢者であるが故の入居拒否は起きないこととなります。 高齢者側も自立能力のある人は、 定期借家で再契約を繰り返すことにより、 貸主側から見て、 借り続けてほしい借主となりますし、 自立能力のない高齢者の場合は社会福祉の面でサポートを受けることになります。 このように、 高齢者一般ということで閉ざされていた貸家への入居が、 正常化することになると予想されます。
(ヌ)
実勢経済に合わせた賃料水準による賃貸事業が要求される。
定期借家法の対象となる貸家の場合、 契約書で例えば2年間を賃貸期限と定めると、 2年後には、 再契約をするか、 退去するかの選択となります。 再契約の場合、 貸主と借主の間で改めて賃料、 期間等契約条件を協議することになりますので、 貸主側としては、 貸主の希望する賃料で借主が借り続けるか、 退去するかを借主に提案し、 決めてもらうことになります。 この場合、 市場競争原理が働くことになります。
貸家の需要と供給の関係では、 貸家の供給が多くなれば、 貸主は満室経営を目指し、 賃料を下げてでも再契約を図ろうとします。 一方、 借主は供給が十分あれば、 安い賃料で且つ質の高い所に移ってゆくことになります。 貸家の供給が少なければ、 貸主は賃料を高めに設定して、 強気の経営を行い、 借主はそれを呑んでも再契約に応じることになります。
また、 世間の景気が良ければ、 借主は少々高い家賃を払っても良好な借家を求めますし、 景気が悪くなれば借主は安い賃料の所を選択する傾向が強まりますので、 貸主は賃料を下げないと空室を埋めることができなくなります。
このように、 市場競争原理がリアルタイムに働いてきますので、 実勢経済に合わせた賃料水準による賃貸事業が要求されることとなります。
(ル)
賃貸経営上、 付加価値 (設備、 サービス等) をどのようにつけるかが、 ポイントになってくる。
下記の(ヲ)のような競争激化の状況になると予想されますので、 貸主にとっては自己の所有する賃貸物件の差別化が大変に重要となりますが、 それは賃貸物件の立地、 建物のグレードなども大事ですし、 それ以外に設備、 サービス等でどのような付加価値をつけられるかも、 今後の賃貸経営では大事になってきます。 様々な入居者のニーズを把握し、 入居者が快適と思うサービスを提供していく努力が一層求められます。
(ヲ)
賃貸事業での競争が激化する。
旧来の借地借家法の抱えていた非常に大きな供給阻害要因である 「正当事由制度による強力な解約制限」 と 「継続賃料抑制制度」 が、 定期借家権の対象となる借家では、 完全に取り除かれますので、 賃貸事業が魅力を増し、 供給が大幅に増え、 競争の激化が起こると予想されます。 その競争激化の中で自己の所有する賃貸物件の差別化を図り、 競争に打ち勝ってゆく必要があります。 このため、 賃貸経営にも事業センスと社会経済の動向を読む能力が必要になってくると考えられます。
(2)

借主側の変化

(イ)
良質の賃貸物件を割安の賃料で借りられる。
定期借家権の対象となる借家の供給が増加すると予想され、 家賃は低下傾向になると予想されます。 貸主側としても、 明渡しコストや長期間の賃貸に伴う賃料抑制の心配がなくなりますので、 今までの賃貸物件より低賃料で貸して十分採算が合うことになります。 このため借主としては今までより良質の賃貸物件を割安の賃料で借りることができるというメリットが発生します。
(ロ)
様々な物件から選択できるようになる。
定期借家権の対象となる借家の場合、 自由な市場競争が可能になるため様々な賃貸物件が供給され、 それぞれの借主のニーズに合わせた賃貸物件を選ぶことができるようになると予想されます。
例えば、
床面積がワンルーム (20㎡程度) から広大な屋敷 (300㎡~500㎡) まで様々なもの
都心の高層マンションから郊外の戸建貸家まで様々なもの
高齢者対応住宅、 介護施設付住宅、 保育施設付住宅、 医療施設付住宅など 様々なもの
農園付き住宅、 セカンドハウスなど様々なもの

などです。
今後、 これ以外にも多くの特徴を持った住宅が供給されると予想されます。
(ハ)
広い賃貸住宅が供給されるようになる。
旧来の借地借家法のもとでは、 例えばファミリー系のように10年を超えるような長期間、 特定の借主が借り続けることは、 貸主側としてデメリットが多く、 従ってそのような借主向けの住宅がほとんど民間で供給されていないということでしたが、 定期借家法の対象となる借家では、 一定の契約期間の終了する度に条件を決め直して再契約するか、 退去するかということになりましたので、 貸主側の供給意欲が高まり、 広い賃貸住宅の供給が増加すると予想されています。 また、 自宅を賃貸に出す人が増えるため、 広い一戸建て住宅が賃貸物件として供給されると予想されます。
(ニ)
再契約時の貸主との家賃交渉が厳しくなる。
以上のように借主にとっても自由な競争原理が賃貸市場に持ち込まれることにより、 広い住宅を安い賃料で借りることができるようになりますが、 貸主側はこれと引き換えに再契約を拒否する法的な根拠を手に入れたことになり、 再契約の時に家賃などの賃貸条件の交渉が厳しくなることが予想されます。 しかし、 契約期間の長短についても、 賃料の水準にしても、 これからは市場原理が働くことになり、 一方だけが不利になるのではなく、 双方対等な立場で契約を結んでいくことになるわけです。 旧来の借地借家法では借主はいわば何も考えなくても保護されていましたが、 これからは十分に経済的常識を持ち、 賃貸市場の情報にも敏感になる必要があります。 逆に過保護のもとで結果的に大きな不利益を受けていたのも借主であり、 十分な知識と情報を持てば、 今後は自分のニーズにあったより快適な借家を見つけることができるようになります。
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