製造物責任の責任事由-因果関係

製造物責任マニュアル

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製造物責任の責任事由-因果関係

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製造物責任事由としての因果関係とは何か。
どのような場合に、欠陥と損害との間に因果関係があるとされるか。

はじめに

製造物責任法3条では、「製造業者等は、・・・製造物であって、その引き渡したものの欠陥により、他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と規定しています。この規定からも明らかなとおり、製造物責任は、欠陥と発生した損害との間に因果関係があるとき初めて生じます。
この因果関係の内容について製造物責任法はなんら規定しておりません。しかし、製造物責任法6条は、「製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律の規定によるほか、民法(明治29年法律第89号)の規定による。」と規定しており、製造物責任事由としての因果関係は民法の不法行為の考え方によるものと解することができます。

不法行為についての因果関係の考え方

民法709条は、加害行為によって生じた損害を賠償する旨規定しており、加害行為と損害との間に因果関係が必要されています。
我が国では、不法行為に関する因果関係については、学説でも、判例でも相当因果関係説が主流です。この相当因果関係説は、
(イ)
その行為がなければその損害が生じなかったであろうと認められる関係及び
(ロ)
そのような行為があれば通常はそのような損害が生じるであろうと認められる関係

がある場合に当該加害行為と損害との間に因果関係を認めるという考え方です。

事実的因果関係

前記(2)(イ)の関係は、事実的因果関係といわれています。この事実的因果関係の問題は従前あまり問題とされず、裁判でも争点となることが多くありませんでした。しかし、近年、医療過誤、公害、薬害訴訟、科学的に複雑な事件が増加するに伴い、実務上、事実的因果関係の立証という問題がクローズアップされてきました。
因果関係について立証責任は被害者たる原告にありますが、一般的に複雑な科学知識に乏しい被害者にはこの立証はたいへん困難なものとなります。このため、判例、学説において事実的因果関係の立証負担を軽減する努力がなされてきました。
最判昭50.10.24(民集29巻9号1417頁)は、医療過誤の事案で因果関係の立証は、「経験則に照らし全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りる」と判示しています。
同様に、札幌地判昭54.5.10(判時950号53頁・札幌スモン事件)は、上記最高裁と同様の一般論を述べ、
(イ)
行政措置後、スモン患者の発生が急激に減少したこと
(ロ)
スモン患者の大部分はキノホルム剤を服用しており、キノホルム服用群からのスモン発祥率は、キノホルム非服用群からの発祥率に比べて有意的に高い旨の調査結果があること
(ハ)
スモンの発症率及び症状の重さとキノホルム剤使用量との間にほぼ相関関係があること
(ニ)
キノホルム剤の投与によりスモンの症状にほぼ一致する病変を作出した動物実験の結果があること

を総合して、キノホルム剤服用とスモンの発症との間に事実的因果関係を認めました。

相当因果関係

前記(2)(ロ)の関係は、相当因果関係といわれています。右相当因果関係の考え方は、加害行為と事実的因果関係にある損害をすべて加害者に賠償させることは公平を欠くとの配慮に基づき、賠償すべき損害の範囲を限定すべきとの考え方から、賠償すべき損害の範囲は、加害行為と「相当因果関係」にある損害に限るとしたものです。具体的には、不法行為の場合も、民法416条が規定する損害の範囲で賠償がなされるべきだとするものです。つまり、加害者は、原則として加害行為より通常生ずる損害(通常損害)を賠償する義務を負うが、例外的に、特別に生じた損害(特別損害)を加害者が予見し又は予見可能であったときはその賠償義務を負うという考え方です。

因果関係に関する日本の判例の動向

(イ)
事実的因果関係の判例
不法行為についての判例のうち、製造物責任法が制定されておれば、製品の欠陥によって消費者の生命、身体、財産に損害が生じたものとして製造物責任が問われたであろうとみられる事案は、我が国の判例にもかなりあります。
以下では、事故類型ごとに事実的因果関係の問題が、具体的ケースでどのように問題とされたかを概観します。
(a)
医薬品
医薬品被害に関しては、因果関係が争われるケースが多く見られます。
医薬品の場合、事実的因果関係の問題は、次の2つに区別されて論じられるのが一般的です。
1)
一般的因果関係
ある物質が一定の有害症状を引き起こすという一般的法則性スモン訴訟では、前記札幌地判昭54.5.10判決について触れた(イ)ないし(ニ)の点が一般的因果関係の判断に当たり考慮されています。
2)
個別的因果関係
一般的因果関係を前提に、個別具体的な被害者が、当該有害物質により発症したという因果関係。
前記スモン訴訟判決において、個別的因果関係を判断するに当たり、被害者がスモン病に罹患していること、被害者が罹患したスモンは、キノホルムによること、服用したキノホルムが加害者の製造販売にかかるものであること等が考慮されました。
(b)
食品
食品に関する事故のケースでは、食品衛生法で法定されている食中毒原因究明システムが機能している結果、事実的因果関係の究明率が高く、判例上事実的因果関係が問題となることはあまりありません。
(c)
自動車
自動車の欠陥による事故のケースでは、医薬品の場合のように事実的因果関係のうち一般的因果関係をめぐる争いが生じることはなく、多くは個別的因果関係が問題となります。
個別的因果関係に関し、原告は
1)
当該自動車に損害を惹起するような性状が存在すること
2)
当該性状に起因して損害が発生したこと

の2点の事実の証明をすることが必要となります。
また、自動車の欠陥事故事例に特徴的な傾向として、当該事故と類似の事故が発生していないことを理由として、欠陥の存在や欠陥と損害との因果関係を否定する傾向にあります(昭46.6.29 判タ267号346頁、静岡地判昭50.3.11 判自791号105頁、福岡地判昭50.5.20 判時801号76頁、東京地判昭58.7.18 判時1099号67頁)。
(d)
機械(複写機、コンプレッサー、カッター etc. )、設備・装置(ボイラー、プロパンガス、ガス湯沸器、ガスレンジ、ヒーター、 etc. )、器具(バトミントンラケット、アーチェリー、遊具 etc. )
これらの事故に関する判例では、事実的因果関係の存否が問題となることは多くありません。
(ロ)
相当因果関係の判例
一般の不法行為に関し相当因果関係が問題となった判例を以下に紹介しておきます。
東京高判昭51.2.25(判時811号51頁)は、歩行横断中に自動車にはねられ、頭部外傷の結果、精神運動発作の症状を呈した被害者が自殺したという事案で、本件事故と精神運動発作との相当因果関係は認められるが、右発作と自殺との相当因果関係は認められないと判示しました。
東京地判昭54.7.3(判時947号63頁)は、電車に乗車しないうちに左手をはさまれたまま発車した電車に引きずられて受傷し、入院中に医師の診療上の過失により死亡したという事案で、被害者の死亡は医師の診療上の重過失によるもので、本件事故による受傷と死亡との間に事実的因果関係は存するものの、その間に法的因果関係はないとして、受傷による損害だけを認めました。
東京地判昭51.3.25(判時829号65頁)は、交通事故によるむちうち損傷を受けた被害者が、社会一般の診療費水準に比して高額な治療費を請求した事案で、右高額診療費を加害者に負担させるのを相当とする特別の事情はないとして、その後8割につき事故との相当因果関係を否定しました。その他、判例上入院付添費や医師・看護婦への謝礼も相当な範囲を超えたる場合には、相当因果関係が否定されています。

アメリカの判例の紹介

アメリカでは、製造物責任の因果関係に関し、欠陥が原因であることの蓋然性がそうでないことの蓋然性よりも大きいことを立証し、他の可能性ある原因を合理的に除去してしまえば、原告として損害を起こした正確な原因まで特定することは要しないとする考え方が一般的です。
Gertry v. Slokely-Van Camp (1982)は、原告が食べた被告製造のポークアンドビーンズの中にコンドームを発見したため、これ以来、食欲の喪失、ポークアンドビーンズに対する激しい嫌悪感、精神的な強い怒りなどの症状を呈したという事案で、損害についての因果関係は、推定が許されるとして、汚染された食品を食べたことによる嫌悪感や吐き気は、医学上の証拠を要せずに瑕疵と損害との間の因果関係が認められるとの判断のもとに、原告の2500ドルの損害賠償を認めた原判決を認容しました。
ジエチルスチルベストロール(DES)は、流産防止剤として取り扱われてきましたが、摂取した母親から生まれた子供の生殖器に癌をおこす副作用のあることが発見され、多数の訴訟がアメリカ国内で提起されました。このうち、Sindell v.Abbott Labs(1980)では、原告はDESが癌発症の原因であるとの一般的因果関係は立証できましたが、被害が顕在化するのに10年以上経過し、200社を超す多数のDES製造企業のうち、どの企業の製造したDESを母親が服用したかの個別的因果関係の立証ができなかったという事案で、原告はDESを製造していた製薬メーカー中、DESの90%を製造していたと主張された11社を被告とした事案で、裁判所は、このような事情の下では、母親が服用した薬品について実質的な割合(90%)で責任のある被告らを共同被告として訴えた場合には、各被告は原告の母親が服用したのは自社の製品ではないことを立証できない限り、判決認容額のうち各自の市場占有率に応じた責任を負うと判示しました。
製造物の欠陥と事故(損害)との因果関係
製造物責任法施行後に現れた裁判例の中で、製造物の欠陥と事故(損害)との因果関係について、参考となる事例を紹介することにします。
大津地判平8.2.9 判タ918号187頁・判時1590号127頁は、製造物責任法が施行される前の事故についての裁判例ですが、製造物責任を追及する要件として、「①自動車が有していた欠陥の内容、②自動車を製造する過程において右欠陥が生じたものであること、③損害が右欠陥に基づくものであることを主張、立証する責任がある。」とした上で、「使用者は自動車一般に通じる概括的な知識しか持ち合わせていないのが通常であることに鑑みれば、主張・立証すべき「欠陥」の内容として、当該製品に限っての製造上、設計上あるいは指示・警告上の危険を生じさせる具体的な原因についてまで主張・立証することは困難を極める作業であるといわざるを得ない。したがって、自動車事故について、いわゆる製造物責任を追及する原告としては、第一次的に、当該自動車の合理的な使用期間中に、通常の使用方法で使用していたにもかかわらず、身体・財産に危険を及ぼす異常が発生したことを主張立証することで一応の「欠陥」の主張・立証として足りると解すべきである。これに対し、右「欠陥」の存在を否定する相手方当事者は、原告が主張・立証した「異常」が当該自動車の製造上、設計上の問題に帰因しないことについての具体的な事実等を反証すべきであると解される。」と判示して、原告の主張・立証責任を大幅に緩和しています。この考え方は、製造物責任法の立法趣旨にも沿うものであり、施行後においても、十分妥当する考え方であろうと思われます。
これに対し、中古自動車が走行中に発火し焼損した事故について、大阪地判平14.9.24 判タ1129号174頁は、「製造時から相当期間を経過した後中古車として本件車両を取得し、さらに約1年半後本件事故が発生したが、その間、被告以外の第三者による整備・点検が繰り返された事案においては、原告らの主張するように、製造段階における「欠陥」の存在を前提として、「欠陥」の特定の程度を緩和し又は「欠陥」の存在を一応推定することはできないものと解するのが相当である。」と判示し、「欠陥」を根拠付ける主張立証がないとして原告の主張を排斥しました。この考え方は、前記大津地判と相反するようにもみえますが、詳細を検討しますと、その結論も妥当なものといえます。すなわち、火災発火の原因が、エンジンルーム内のワイヤーハーネス芯線の露出による漏電現象であるとした上で、製造時からそのような露出があるとすれば、早い時期での発火、出火していた可能性が高いこと、第三者による整備点検が繰り返されており、第三者による異物混入の可能性を指摘し、製造時に欠陥があると一応の推定を否定しました。
また、ファーストフード店で異物が混入したジュースを飲み、咽頭部を負傷した事案(名古屋地判平11.6.30 判時1682号106頁)について、(a)原告が喉頭部を負傷したか、(b)原告の受傷はジュースを原因とするものか、(c)ジュースに欠陥があるかが争点となりました。この事案では、吐血を訴えた直後に医師の診察を受け、さらに救急車で他の病院に行き、喉頭ファイバースコープで粘膜の下に出血を確認して診断書が書かれていることを理由に(a)を認め、ジュースを飲んだ直後に喉に受傷していることなどを理由に(b)を認めました。以上の認定事実を前提として、ジュースに異物の混入が明らかであるとして、異物の正体を明らかにしないまま(c)を認めました。本件の争点の中で、最も大きなウエイトを占めたのは、(a)及び(b)の認定にあったように思われます。本件では、受傷直後に医師の診察を受け、その診察に当たった医師が救急車を呼び、国立病院で診察を受けるよう指示し、国立病院の医師も、粘膜の下に出血があることを認めたこと、原告が負傷した際に、同僚が目撃していたことなど原告に有利な証拠が多く揃っていました。これら証拠によって、原告の証言に信憑性が増し、受傷した経緯もそのまま認定されたものと思われます。
しかしながら、製造物の欠陥と事故との因果関係を立証することは、実際上大変困難な問題が多くあり、因果関係を否定された事例も多くみられます(名古屋地判平7.5.19 判タ903号138頁・判時1551号117頁、大津地判平8.2.9 判タ918号187頁、大阪高判平13.11.30 判タ1087号209頁、東京地判平16.8.31 判時1891号96頁、甲府地判平24.5.22)。
一方、当該製造物以外の原因により損害が発生したとは考え難いことを理由に因果関係を認めるものとして、東京地判平20.8.29 判タ1313号256頁や仙台高判平22.4.22などがあります。

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