民事訴訟の専門知識
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11 事実の認定
事実の認定とは、証拠調べの結果を踏まえて、裁判所が「どの事実を、事実として採用するか」を決める段階です。ここで行われるのは、出来事の真実を再現する作業ではありません。提出された主張や証拠の中から、判決の前提として用いる事実を取捨選択し、確定させる工程です。
前段階で提出・評価された証拠は、この段階で初めて「裁判所が認定する事実」になります。主張の強さではなく、証拠との対応関係によって、採用される事実とされない事実が決まります。
(1)裁判官はどのように事実を認定するか
裁判官は、当事者が主張した事実をそのまま並べて採用するわけではありません。民事訴訟では、原告・被告それぞれが多数の事実を主張しますが、事実認定の段階で重視されるのは、その事実が証拠によって裏付けられているかどうかです。
ア 主張された事実はそのまま認定されるわけではない
裁判官は、各主張について証拠との対応関係を確認し、証拠に支えられている事実と、そうでない事実を切り分けていきます。どれほど詳細に説明されていても、証拠との結び付きが弱ければ、その事実は認定されません。事実認定は、当事者の説明の量や熱意ではなく、証拠関係を軸に進められます。
イ 書証を中心に整合性が重視される
実務上、事実認定の中心に置かれるのは書証です。契約書、請求書、メールやLINEのやり取りなど、客観的に内容を確認できる書証は、事実認定の土台となります。裁判官は、書証の内容が一貫しているか、他の書証や主張と矛盾していないかを重視します。
個々の証拠が印象的であるかどうかよりも、全体として筋が通っているかが重要です。ある書証だけを切り取って見たときに説得力があっても、他の証拠と整合しなければ、その事実は認定されにくくなります。裁判官は、証拠全体を並べて見たときに、無理なく説明できる事実かどうかを確認しています。
ウ 「証明されたかどうか」という視点
事実認定で決定的なのが、「その事実が証明されたといえるかどうか」という視点です。裁判官が、その事実を前提に判決を書けるかどうかが問われます。
本人訴訟では、「相手の話は不自然だ」「自分の説明の方が合理的だ」と感じることも多いですが、事実認定は説得力の勝負ではありません。証拠によって支えられているかどうかがすべてです。こうして認定された事実だけが、次の判決の段階で使われ、認定されなかった事実は、結論には反映されません。事実認定は静かな作業ですが、訴訟の勝敗を左右する中核部分だといえます。
(2)立証責任と事実認定の関係
事実認定において重要なのが、立証責任の考え方です。民事訴訟では、ある事実を前提に有利な判断を求める側が、その事実を証拠によって証明する責任を負います。証拠が足りず、「どちらが正しいか分からない」状態になった場合、その事実は認められません。この立証責任の所在が、事実認定の結論を大きく左右します。
ア 立証責任とは何か
立証責任とは、簡単に言えば、ある事実を裁判所に認めてもらうために、その事実を証拠によって証明すべき責任がどちらにあるかという考え方です。民事訴訟では、原則として、自分に有利な事実を主張する側が、その事実を証明する責任を負います。
たとえば、「契約があった」「代金を支払った」「損害が発生した」といった事実は、それを前提に有利な判断を求める当事者が証拠を出して立証しなければなりません。相手方が否定しているからといって、裁判所が自動的に調査してくれるわけではありません。立証責任は、事実認定の前提として、静かに、しかし確実に機能しています。
イ 「どちらが正しいか分からない」場合の結論
民事訴訟では、証拠を見ても「どちらの言い分が正しいのか分からない」という場面が少なくありません。そのような場合、裁判所は「中間的な結論」や「引き分け」を選ぶことはできません。立証責任を負う側が、その責任を果たせなかったとして、その事実は認められないことになります。
ここが、多くの一般の方にとって直感に反する点です。「相手の説明も怪しい」「真相は分からない」という場合でも、立証責任の所在によって、結論は一方的に決まります。
ウ 証拠が足りないとどうなるか―本人訴訟での誤解
本人訴訟で特に多い誤解が、「相手が嘘をついているのに、なぜ負けるのか」という疑問です。しかし、民事訴訟では、相手が嘘をついている可能性があることと、自分の主張が証明されたことは別の問題です。裁判所が見るのは、相手が嘘かどうかではなく、自分の主張を支える証拠が十分かどうかです。
証拠が足りなければ、その事実は認定されません。その結果、たとえ実際には真実であったとしても、事実認定の段階で切り落とされることがあります。これは不公平に感じられるかもしれませんが、裁判が証拠に基づいて判断される以上、避けられない仕組みです。
このように、立証責任は事実認定の結果を左右する重要な要素です。証拠調べで何を出すか、どの事実を立証するかを誤ると、事実認定の段階で不利な結論が確定してしまいます。立証責任を意識せずに訴訟を進めることは、地図を持たずに進むのと同じだといえるでしょう。
(3)証拠評価と事実認定は別である
証拠が「ある」ことと、その事実が裁判所に「認定される」ことは別です。前段階の「証拠調べ」は、どの証拠を採用し、どのように評価するかという段階でしたが、事実認定では、その評価を踏まえて、どの事実を判決の前提として採用するかが判断されます。
複数の証拠が提出されている場合でも、それぞれが同じ事実を裏付けているとは限りません。証拠同士が矛盾していたり、争点との対応関係が不明確であったりすると、裁判官は慎重になります。その結果、「証拠は出ているが、事実としては認定できない」という結論に至ることもあります。
本人訴訟では、「これだけ証拠を出したのに、なぜ認められないのか」と感じることがあります。しかし裁判所が見るのは、証拠の数や量ではなく、特定の事実を証明する力があるかどうかです。
(4)当事者の供述が事実認定に与える影響
当事者本人の供述や本人尋問は、事実認定において一定の役割を果たしますが、中心的な位置づけではありません。実務では、当事者の供述は、あくまで書証で立証された事実を補足・確認するものとして評価されるのが一般です。
書証と整合する供述であれば、事実認定を補強する材料になりますが、書証と食い違う供述は、信用性を疑われやすくなります。供述だけで事実が認定される場面は限定的であり、特に重要な争点については、客観的証拠が重視されます。感情や熱意が強く伝わったとしても、それ自体が事実認定に直結するわけではありません。裁判官は、供述の迫力ではなく、証拠全体との整合性を見ています。当事者の供述は、事実認定の決め手というよりも、証拠構造の中で位置づけられる一要素にすぎない点を理解しておくことが重要です。
(5)事実認定で勝敗が決まるという意味
民事訴訟では、法律構成よりも事実認定の結果によって結論が決まる事件が少なくありません。どの法律を適用するか以前に、どの事実が認定されるかによって、勝敗の方向性がほぼ定まってしまうこともあります。
一般の方が感じやすいのが、「法律的には自分が正しいはずなのに負けた」という違和感です。しかし、その多くは、法律の問題ではなく、前提となる事実が裁判所に認定されなかったことに原因があります。主張が筋の通ったものであっても、証拠によって支えられなければ、事実としては採用されません。
事実認定で確定した内容は、そのまま次の判決の段階に引き継がれます。裁判所は、認定した事実を前提として法律を当てはめ、結論を導きます。つまり、事実認定は判決への入口であり、ここで何が認められたかが、最終的な判断を決定づけることになります。
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