相続人

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

集合写真
2

相続人

(1)

相続人の範囲と順位

(イ)
民法は、被相続人と一定の身分関係にある者を相続人とし、その範囲と順位を定めております。これによると、「子及びその代襲相続人」が第一順位の相続人(民法887条)、「直系尊属」が第二順位の相続人(民法889条1項1号)、「兄弟姉妹及びその代襲相続人」が第三順位の相続人とされ(民法889条1項2号、2項)、これとは別に、被相続人の配偶者は常に相続人となるとされています(民法890条)。すなわち、相続開始時に第一順位である被相続人の子がいる場合は、被相続人の直系尊属や兄弟姉妹は相続人とはなりません。被相続人の子がいない場合にはじめて直系尊属が相続人となるのです。そして、子および直系尊属がいない場合にはじめて兄弟姉妹が相続人となりえるのです。
(a)
第一順位の相続人は「子」です(民法887条)。子が数人いる場合は、同順位で相続します。ここでいう子の中には、相続開始時(被相続人の死亡時)にはまだ生まれていない胎児も含まれます。胎児は、相続については既に生まれたものとみなされ、母体から生きて生まれた場合に相続人たる資格が与えられるとされています(民法886条)。
子は、 生理的血縁関係のある実子と法定の親子関係にある養子とに区別できます。
1)
実子
法律上の婚姻関係にある男女(夫婦)の間に生まれた子を嫡出子、そうでない男女の間に生まれた子を非嫡出子または嫡出でない子といいますが、どちらも「子」として相続人となり、その法定相続分も同じです。
ところで、非嫡出子の親子関係については、父子関係は認知によって初めて生ずるとされていますから(民法779条)、認知がなされない間は、子は事実上の父の相続人となり得ません。母子関係では、分娩の事実によって当然に発生し、原則として認知を要しないと考えられていますから、子は母の第1順位の相続人となります(最高裁昭和37年4月27日判決)。
継親子関係、すなわち先妻の子と後妻の関係のような場合は、一親等の姻族関係となり、その子は継親の実子ではないので、継親の相続人とはなれません。
2)
養子
養子は、養子縁組の日から養親の嫡出子たる身分を取得します(民法809条)。よって、養親の相続人になりますが、他方で、実親との関係でも子であることに変更はないので、その養子は実親の相続人にもなります。
これに対して、特別養子制度(昭和62年民法改正により新設、昭和63年1月1日から施行)に基づく養子縁組は、養子と実親方の血族との親族関係を終了させる制度ですから(民法817条の2)、この特別養子の場合は、その実親の相続人とはなれません。
(b)
直系尊属
第2順位の相続人は直系尊属です(民法889条1項1号)。直系尊属が相続人となる場合とは、第1順位の相続人である子及びその代襲相続人が存在しない場合、これらの者が存在しても、それらの者が全て相続欠格者(民法891条)又は廃除されたことにより相続権を有しない(民法892ないし895条)場合、あるいは、第1順位の相続人及びその代襲相続人全員が相続を放棄(民法939条)した場合です。直系尊属とは、被相続人の父母のほか、祖父母などのそれより上の世代の親を含みます。被相続人の配偶者の父母や祖父母は直系尊属ではありません。直系尊属の中では親等の近い者が優先しますから(民法889条1項1号ただし書)、父母のいずれかが存在する場合は、祖父母は相続人となれません。
実親・養親の区別はなく、親等が同じとなる直系尊属が数人存在する場合、共同相続人となります。ただし、ここでいう直系尊属には姻族は含まれません。親等が異なる直系尊属の中から親等の近い者が相続の放棄をした場合、次に近い者が相続人となります。
直系尊属には代襲相続は認められておりません。したがって、母が死亡してる場合は父のみが相続人となり、母方の祖父母が存在していても相続人とはなれません。
(c)
兄弟姉妹
第3順位の相続人は兄弟姉妹です(民法889条1項2号)。兄弟姉妹が相続人となる場合とは、第1順位の相続人である子及びその代襲相続人、第2順位の相続人である直系尊属が存在しない場合、これらの者が存在しても、それらの者が全て相続欠格者又は廃除されたことにより相続権を有しない場合、あるいは、これらの者全員が相続を放棄した場合です。
兄弟姉妹の中には、父母の双方が同じである兄弟姉妹(全血兄弟姉妹)と父母の一方のみが同じである兄弟姉妹(半血兄弟姉妹)とがあります。しかし、法定相続分に関して半血兄弟姉妹の法定相続分は全血兄弟姉妹の2分の1(民法900条4号)という差はあるものの、いずれも相続人たる資格はあります。
兄弟姉妹の場合も、子の場合と同様、代襲相続が認められています。しかし、子の代襲相続とは違い、再代襲は認められていません。
(d)
配偶者
配偶者は、前述の第1・第2・第3順位の相続人と並んで常に相続人となります。ここでいう配偶者とは、婚姻届出をすませた法律上有効な婚姻をした配偶者をいいます。社会的には正当な婚姻と評価されているが、婚姻届がでていないため、法律上の婚姻としての効力をもたない男女関係を内縁関係といいますが、この内縁関係にある配偶者には相続権はありません(通説・判例)。
配偶者には代襲相続は認められていません。例えば、妻を相続する夫が死亡しているとき、その連れ子は、夫を代襲して妻を相続することはできません。
(e)
前述の第三順位の相続人が存在せず、また配偶者も存在しない場合は、相続人の不存在となります。この場合は、特別縁故者が存在すれば、その者に相続財産の分与が行われ(民法958条の3)、その後残った相続財産は国庫に帰属するとされています。
(ロ)
相続人と被相続人との間に二重の親族関係が存在する場合に、相続関係をどのように処理するかが相続資格の重複の問題です。
相続資格の重複には、同順位相続資格の重複と異順位相続資格の重複との二つの類型があります。それぞれ、相続資格重複の問題の現れ方が異なってきます。
(a)
同順位相続資格の重複
具体的には、実子と養子が婚姻した場合と孫を養子にした場合があります。
戸籍先例は、両者について異なる扱いをしています。実子と養子が婚姻した場合については、配偶者としての相続分のみを認めて、兄弟姉妹としての相続分の重複を認めておりません。孫を養子にした場合については、相続資格の重複を認め、養子としての相続分と代襲相続人としての相続分を有するとしています。
(b)
異順位相続資格の重複
具体的には、兄が弟を養子とする場合が考えられます。この場合、兄が死亡した場合、弟は子としての相続資格と兄弟姉妹としての相続資格の重複が生じるようにも考えられます。しかし、この弟は第一順位の子としての相続資格が認められるだけであり、第三順位の兄弟姉妹としての相続資格は第一順位の相続人の存在によって認められないことになりますので、相続資格の重複の問題は生じないといえます。
ただし、相続欠格、廃除及び放棄に関しては、このような異順位相続資格において、相続権の有無が問題となります。すなわち、相続欠格、廃除又は放棄によって、子としての相続資格を喪失しても、兄弟姉妹としての相続資格は、ひきつづき認められるのではないかという問題が生じます。
相続の放棄が最も問題となります。
この点についての戸籍先例は、養子としての相続放棄は、当然に兄弟姉妹としての相続放棄ともなると扱っています。しかし、判例には、それぞれの相続資格に応じて各別に観察すべきとして、養子としての相続放棄は、当然に兄弟姉妹としての相続放棄となるものではないと判示したものもあります。
学説は、相続放棄や異順位相続資格の意味ないし性質をどうみるかについて見解が異なり、学説の争いのあるところです。
相続欠格に関しては、養子として欠格事由が存在すれば兄弟姉妹としても欠格事由が存在すると考えられますから、実際上問題とならないです。
相続人の廃除に関しては、学説の争いがあるところですが、被相続人の意思に基づいて認められた廃除制度の趣旨から考えると、廃除によって相続権はすべて剥奪されると考えるべきです。
(2)

代襲相続

(イ)
代襲相続とは、相続人が、 a.相続開始以前に死亡したとき、 b.相続欠格に該当して相続権を失ったとき、またはc.廃除によって相続権を失ったときに、その者の子がその者に代わって相続するという制度です(民法887条2項・3項)。この代襲相続制度の趣旨は、もし、被代襲者が相続していれば、後に相続により財産を承継し得たはずであるという代襲者の期待を保護することが公平に合致するということにあると考えられています。
(ロ)
代襲相続の要件
(a)
被代襲者の要件
1)
代襲原因
代襲原因すなわち代襲相続が生じる場合としては、前述のとおり相続開始以前の死亡、相続欠格または廃除の三つの場合に限定されます(民法887条2項)。したがって、相続人が相続放棄をした場合は代襲原因とはなりませんので、その者の子は相続人とはなれません。
親と子が同一事故で死亡した場合は、同時死亡の推定規定(民法32条の2)により、法的には親子が全く同時に死亡したと認定される場合が多いと考えられますが、しかし、この場合は、子が親の相続開始「以前」に死亡した場合にあたりますから、代襲相続が生じます。また相続欠格と廃除は相続開始後に発生することもありますが、相続欠格の効果は相続開始時にさかのぼるので、これらのときも代襲相続が生じます。
2)
被代襲者の資格
被代襲者は、被相続人の子及び兄弟姉妹です(民法887条2項、889条2項)。直系尊属及び配偶者には代襲相続は認められません。
(b)
代襲者の要件
代襲者の要件として、 a.代襲者が被代襲者の子であること、 b.代襲者が被相続人の直系卑属又は傍系卑属であること、 c.代襲者が被相続人に対して相続権を失っていないこと、 d.代襲者が相続開始前に存在することが必要とされています。
(ハ)
再代襲相続
被相続人の子に代襲原因が発生すれば、孫が代襲相続人となるが、その孫についても代襲原因が発生した場合は、孫の子すなわち曾孫がさらに代襲相続します(民法887条3項)。なお、曾孫以下の直系卑属についても同じ扱いです。そして、子の代襲原因が先か、孫の代襲原因が先かは問題になりません。
ただ、兄弟姉妹の代襲相続は、その子であるおい、めいに限定されています。
(ニ)
代襲相続の効果
代襲相続の効果は、代襲者は被代襲者の相続分を株分けで相続することです。数人の代襲相続人相互の相続分は平等に頭割りです(民法901条、900条4号)。
(3)

相続欠格と相続廃除

(イ)
相続欠格
(a)
相続欠格の制度は、相続資格がある者が被相続人等の生命又は被相続人の遺言行為に対して、故意に違法な侵害行為をした場合に、その者の相続権を法律上当然に失わせる制度です。相続欠格の事由は民法891条に規定されており、5つありますが、 a.被相続人または先順位・同順位相続人の生命侵害行為に関する非行を規定する1号及び2号と、 b.被相続人の遺言行為への違法な干渉を規定する3号、4号及び5号との二種類に大別できます。
(b)
欠格事由その1 生命侵害行為
相続欠格事由となる生命侵害行為の一つ目は、相続人が故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位に在る者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた場合です(民法891条1号)。
故意犯である殺人罪を犯した者が対象で、既遂、未遂は問われず、殺人予備罪も含みます。過失致死罪や傷害致死罪は欠格事由には含まれません。また「刑に処せられた」ことが必要ですから、正当防衛や緊急避難の場合などは除かれます。
刑の執行は相続開始後でもよいとされています。執行猶予が付された場合については争いがありますが、その猶予期間を経過すれば、刑の言渡しは効力を失いますので、遡及的に相続欠格事由がなかったことになるものと考えられています(通説)。
相続欠格事由となる生命侵害行為の二つ目は、被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず又は告訴しなかった場合です。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは除かれています(民法891条2号)。
この欠格事由は、被相続人が殺害されたときは、相続人には告訴告発する義務があるとの趣旨で規定されたものです。しかし、現在では犯罪があれば、告訴告発を待つまでもなく当然捜査が開始されるので、告訴告発がなされなかったからといっても、それを当然の相続欠格事由とまでする必要はないとの見解が有力です。したがって、解釈論としても、この欠格事由はきわめて限定的に解すべきものと考えられています。
犯罪が既に捜査の権限を有する官憲に発覚し、告訴告発の必要性がなくなった後に相続人が犯罪を知った場合には、この欠格事由にあたらないとされています(通説、判例)。
(c)
欠格事由その2 遺言行為への違法な干渉
この相続欠格事由には次の三つがあります。
1)
詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、これを取り消し、又はこれを変更することを妨げた場合(民法891条3号)
2)
詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、これを取り消させ、又はこれを変更させた場合(同条4号)
3)
相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した場合(同条5号)
いずれも、相続人が被相続人の遺言行為に対して著しく不当な干渉をした場合を欠格事由としたものです。
いずれも、有効に成立した遺言でなければなりません(通説)。無効な内容の遺言をすることを妨げたとしても実害の生ずる余地がないからです。
これらに共通の問題点として、詐欺、強迫、偽造、変造、破棄又は隠匿において、それぞれの故意に加えて、相続上自己の利益のため、あるいは不利益を妨げるためという利得意思があることが必要か否かが問題となります(二重の故意の問題)。判例及び学説の多数は、利得意思が必要であるとしています(最高裁昭和56年4月3日判決)。その理由は、この立法趣旨は被相続人の意思に反する違法な利得を得ようとする者に制裁を課すことにより遺言者の最終意思を実現させることに存すること、相続欠格は法律上当然の相続権の剥奪であって、相続人廃除との均衡からも厳格に解釈すべきことにあります。
そして、3号の欠格事由に関しては、詐欺又は強迫という妨害行為によって被相続人が遺言行為をしなかったことが必要です。同様に、4号の欠格事由に関しては、詐欺又は強迫があっても被相続人が遺言行為をしなかった場合、あるいは後に被相続人自身が詐欺または強迫による遺言を取消した場合は、欠格事由にはあたらないと解されています。
また、5号の欠格事由に関して、偽造とは、被相続人名義で相続人が遺言書を作成することであり、変造とは、被相続人が作成した遺言書に相続人が加除訂正その他の変更を加えることであり、破棄とは遺言の効力を消滅させるようなあらゆる行為をいい、隠匿とは、遺言書の発見を妨げるような状態に置くことをいいます。
(d)
相続欠格の効果
前述の欠格事由に該当する者は、法律上当然に欠格の効果は発生し、その被相続人との関係で相続資格を失うことになります(当然発生主義)。他の相続人や受遺者などからの主張、あるいは裁判所の宣告などの手続は不要です。
欠格の効果の発生の時期について特に明文の規定はありません。しかし、相続開始前に欠格事由が生じた場合は、その時に欠格の効果が発生し、相続開始後に欠格事由が生じた場合は(2号の場合は必然的にこうなりますし、5号の場合も起こり得ます)、欠格制度の趣旨から考えて、当然に相続開始時に遡及して欠格の効果が発生すると考えられています。この場合は、一応有効になされた相続が相続開始時に遡及して無効となることになります。したがって、欠格者が加わってなされた遺産分割協議及び遺産分割審判は無効となります。そして、欠格者から相続財産を譲り受けた第三者は、その譲渡行為は無効となりますので、即時取得(民法192条)などの保護が受けられない限り、相続人に対し当該財産を返還する必要があります。
そして、欠格の効果は、特定の被相続人と欠格者との間で相対的に発生するにすぎません。したがって、欠格者は、当該被相続人以外の者の相続人となることはでき、欠格者の子は代襲相続人となれます。ただし、子が母を殺害した場合、母の相続に関して欠格者とされるだけではなく、父の相続に関しても、父の配偶者である母は子と同順位の相続人ですから、子は欠格者となります。また、祖父母の代襲相続の場合も、実質的に母は子の先順位とみるべきですので、先順位者を殺害した者として欠格者となります。
また、欠格者は同時に受遺者となることもできなくなります(民法965条、891条)。
次に、欠格と戸籍との関係ですが、欠格は法律上当然にその効果を生じますので、戸籍には記載されません。さらに、欠格者と登記との関係について、登記先例では、登記申請にあたって、当該欠格者の作成した書面又は確定判決の謄本を証明書として提出することが必要であるとされています。その理由は、欠格者であることは戸籍に記載されないため、戸籍によって相続欠格を証明することは不可能ですので、相続人が欠格者で相続権を失っているか否かが明らかでない場合があるからです。
最後に、相続欠格の宥恕、すなわち被相続人が相続欠格者を許し、その相続資格を回復させることができるか問題とされています。相続欠格が法律上当然の相続資格喪失事由であり、欠格の公益性からみて、また宥恕について民法に明文の規定もないことから、従前は被相続人による相続欠格の宥恕は否定的に考えられていました。しかし、現在は、相続欠格が公刑罰とは関係ないものであること、被相続人の財産処分の自由が保障され、欠格者への生前贈与も許容されていることなどから、相続欠格の宥恕を肯定するのが多数説です。
宥恕の方法については特に制限はありません。相続欠格者の非行を許し相続人として処遇する旨の被相続人の意思表示又は感情の表示があればよいと考えられています。被相続人が相続欠格事由の発生したことを知りつつ、その欠格者に遺贈した場合も、宥恕がなされたと評価して、この遺贈は有効であると考えられています。
(ロ)
相続廃除
(a)
相続人廃除の制度(民法892条)とは、推定相続人に、相続欠格のような重大な事由はないが、軽度の非行がある場合に、被相続人の請求に基づいて、家庭裁判所の審判手続により、推定相続人の相続権を剥奪する制度です。相続権の剥奪においては、相続欠格と同じ効果となりますが、被相続人の意思に基づくところが相続欠格と異なります。被相続人は、財産をその推定相続人以外の者に生前贈与又は遺贈することによって目的を達することもできそうですが、生前贈与や遺贈では、遺留分のある相続人である直系血族及び配偶者が存在する場合には、被相続人の意図を完全に実現することはできません。そのため、廃除制度は相続人の遺留分権を否定して、相続権の剥奪を認める点に意義がある制度であるといえます。
(b)
廃除の要件
1)
第一に、廃除される者は遺留分を有する推定相続人であることが必要です。推定相続人のうち、遺留分を有しないのは兄弟姉妹のみです(民法1028条)。兄弟姉妹に遺産を相続させたくなければ、他の者に全財産を贈与又は遺贈し、あるいは兄弟姉妹の相続分をゼロとする遺言をすればよいのであって、廃除の必要がないのです。また、適法に遺留分を放棄した相続人についても、廃除を求める必要性がないので、廃除は認められません。
2)
第二に、廃除される者に廃除事由が必要です。廃除事由は、被相続人に対する虐待、重大な侮辱とその他の相続人の著しい非行です(民法892条)。しかし、これらの概念は概括的、抽象的であり、なかなか明確には判別するのが難しいものです。どのような行為がこれらに該当するかの判断基準の定立は困難な問題です。
一般論としては、被相続人の恣意的、主観的なものであってはならず、具体的非行の内容が客観的かつ社会的にみて遺留分の否定を正当とする程に重大なものでなければなりません。
判例には、親子間においては、養親子間の離縁原因とされる「縁組を継続し難い重大な事由」(民法814条1項3号)、夫婦間においては、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)を一応の基準とすべきと判示するものがあります。
実質的には趣旨を同じくするので、一応の基準とすることもできます。
また、親族間には複雑な感情の対立など様々な事情がからんでおり、それが行動に影響を与えることが多いので、単に言動に表れた非行だけをとらえて判断するのは適切ではありません。特に、非行が一時的なものにすぎないときや被相続人の態度、性格、所為などに非行が起因しているときなどは廃除事由にあたらないものされます。
(c)
廃除が認められた具体的事例
1)
相続人は、家業の農業も自ら行わず、専ら妻子に任せてしまい、とりわけ経済的に困窮していないにもかかわらず、老齢で病床にある父母に対して、生活費を与えず裏小屋に別居させ、母に傷害を負わせ、「首をくくって死んでしまえ。」などと暴言をはいた事例において、かかる相続人の行為は、虐待又は著しい非行にあたるとされました(仙台高裁昭和32年1月裁判日不明決定)。
2)
長男が父の金を無断で消費したり、多額の代金の支払いを父に負担させ、これを注意した父に対して暴力をふるい、その後家出をして行方不明となった事例において、かかる長男の行為は、虐待、重大な侮辱又はその他著しい非行にあたるとされました(岡山家裁平成2年8月10日審判)。
3)
夫婦けんかが絶えず、妻と夫の母及び妹との折り合いも悪い状態において、夫が再三にわたり妻に暴行を加え、妻は顔面等に傷害を受け、さらに腹部を夫に蹴られたために、妻は流産し死亡した事例において、かかる夫の行為は虐待又は重大な侮辱にあたるとされました(大阪高裁昭和37年5月11日決定)。
4)
妻がアルコール中毒症で療養中の夫と二人の子を置き棄てて、13才年下の使用人と駆け落ちし、これを知った夫は痛憤しかつ悲嘆にくれ、連日、自棄酒をあおるようになり、ついには自殺した事例において、かかる妻の行為は虐待又は重大な侮辱にあたるとされました(新潟高裁高田支部昭和43年6月29日審判)。
5)
相続人が正業に就かず、浪費を重ね、社会の落伍者の地位に転落した事例において、かかる行為は、最もたちの悪い親泣かせの部類に属するものというべく、著しい非行にあたるとされました(東京家裁昭和42年1月26日審判)。
6)
正当な事業を経営して、資産家として名を成した両親のもとに、なに不自由なく成育した長女が、離婚後間もなく、両親の知らない間に窃盗、詐欺等の前科のある男と同棲し、同人が勤務先の多額の金員を横領して所在をくらますや、年老いた両親の悲嘆や心労を何ら顧慮しないで、音信不通のまま同棲相手と共に逃避行を続けている事例において、かかる長女の行為は、両親との相続的協同関係を破壊する行為であり、著しい非行にあたるとされました(和歌山家裁 昭和56年6月17日審判)。
7)
四男が父の死亡が間近いことを察知するや、その遺産のほとんどを可能な限り単独取得しようと図り、偽計を用いて遺産たる預貯金等の名義を被相続人の意思に基づくことなく、自己名義あるいはその妻子名義に変更し、被相続人を激しい怒りと悲嘆におとしいれ、被相続人に対し不当な精神的苦痛を与えたとの事例において、四男が被相続人と約7年間同居し、父の入院中は四男の妻が看病に当ったこと等の扶養的行為を考慮に入れても、かかる四男の行為は、相続的協同関係を破壊するに足る著しい非行にあたるとされました(熊本家裁昭和54年3月29日審判)。
(d)
廃除が認められなかった具体的事例
1)
父と同居する長男の嫁が病床の義母の看病をせず、父に対して口答えする等したため、父は長男夫婦と不和となり、もみ合いの喧嘩により傷害を負ったりした事例であるが、父が嫁に対して執拗な非難や謝罪の要求をしたこと、また父が長男夫婦を不孝者などと家中に落書したり、物を投げつけるのを止められたことに起因するものであり、被相続人である父にも相当の責任があるとされ、長男の行為は廃除事由にあたらないとされました(名古屋高裁金沢支部平成2年5月16日決定)。
2)
父が支配する同族会社に勤務する子が、会社の倒産を回避すべく、父が金策に奔走している時期に、会社財産5億数千万を業務上横領して実刑判決を受けた事例において、かかる子の行為について、父の面目や体面が著しく失墜したとは認められないこと、その会社は大手企業であり、父の個人財産の横領又はこれと同視できる行為とみることはできないこと、これが会社倒産の原因のひとつとは考えられないことなどを理由として、相続的協同関係を破壊するほどの著しい非行とはいえないとして、廃除事由にはあたらないとされました。 (東京高裁昭和59年10月18日決定)。
3)
子の親に対する暴行や暴言がなされた事例において、その原因は、幼時に里子に出されたこと、経済的に独立する結婚等に反対されたこと、親が妹を偏愛し妹婿に家屋敷を贈与したことのような、親が子に疎外感を抱かせる行為にあると考えられるとして、かかる子の行為は、廃除事由にあたらないとされました(大阪高裁昭和37年3月12日決定)。
4)
否定例は相当数あり、一時的な行為である場合、被相続人の側にもその原因をなす行為があった場合、非行が被相続人に直接向けられていない場合について、相当慎重な審判がなされる傾向にあります。
(e)
廃除の手続
廃除の方法は、生前に家庭裁判所に申し立てる方法と、遺言による方法との二つが認められています。
1)
生前の廃除申立
被相続人は、遺留分を有する推定相続人に廃除事由があると考えるときは、家庭裁判所に対し、当該推定相続人を相手方として廃除請求ができます。
廃除申立事件は、調停をすることのできない事件に分類されます(家事事件手続法188条1項、別表第1の86)。したがって、廃除請求の手続は、原則として審判手続として行われることになります。
この手続中でも、調停が行われる場合がありますが、当事者間に廃除の合意が成立していたとしても、家庭裁判所は直ちに廃除の成立を認めず、職権で廃除事由の存在を調査し、その存在が認められないときは、合意を不相当として調停不成立とし、審判手続に移行させ、裁判所自らが審判によって、廃除を否定することとなります。
廃除請求事件の係属中に被相続人が死亡して相続が開始したときは、家庭裁判所は、親族、利害関係人又は検察官の請求によって遺産管理人を選任し、遺産管理人が廃除手続を受継することになります(民法895条、家事事件手続法189条1項、別表第1の88)。
2)
遺言による廃除
被相続人は、遺言で推定相続人の廃除の意思を表示することができます。この場合、遺言執行者は、相続が開始してその遺言が効力を生じた後、遅滞なく家庭裁判所に廃除の請求をしなければなりません(民法893条)。
遺言による廃除においては、廃除という遺言内容を実現してくれる遺言執行者が必要です。そのため、廃除を求める遺言書には、誰を遺言執行者にするのかも定めておかなければなりません。被相続人が遺言執行者を定めていない場合は、家庭裁判所が利害関係人の請求によって遺言執行者を選任することになります。
遺言には、推定相続人を廃除する内容の意思の表示があるのみで、廃除事由を明示していない場合でも、遺言執行者は、被相続人が廃除事由としたであろうと推察できる事情を廃除事由として、廃除の請求ができます。また、遺言には、明確な廃除の文言がない場合でも、全体の遺言文言及び作成経緯などを総合判断して、被相続人の推定相続人を廃除する意思が認められれば、遺言執行者は、廃除の請求ができます。ただ、確実に廃除を求めるならば、被相続人は、遺言書に具体的な廃除事由を明示しておくとよいでしょう。
(f)
廃除の効果
廃除の効果は、廃除を請求した被相続人に対する関係で当該被廃除者の相続権を剥奪することです。
廃除の効果は審判の確定によって法律上当然に発生します。審判の申立人は、このことを戸籍事務管掌者に届け出なければなりません(戸籍法97条、63条)。しかし、この届出は、報告的なものですので、この届出がなされなくとも廃除の効果に影響はありません。よって、審判確定後、届出前に第三者が相続財産について差押えの登記をしても、その差押えの登記は無効となります。
遺言による廃除の場合は、審判の確定は相続開始後となりますが、廃除の効力は相続開始時にさかのぼって発生します(民法893条)。廃除の審判確定前に相続が開始した場合、廃除の効力発生時期について明文の規定はありません。しかし、一般に、遺言による廃除の効果に遡及効が認められている趣旨から考えて、この場合も相続開始にさかのぼって廃除の効力が発生すると考えられています。
したがって、廃除の審判確定前に、被廃除者から相続財産に属する不動産を買い受けた第三者は、たとえ登記の記載を正当なものと信じて取得登記をしても、真正相続人に対し権利を主張することはできません。
また、推定相続人の廃除の審判前にその推定相続人の共有持分を差し押えた債権者に対して、当該相続財産の受遺者は、その差押えは無効であるとして登記なくして対抗できます。
さらに、廃除の効果は相対的です。すなわち、被廃除者は廃除者たる被相続人に対する関係でのみ相続権を剥奪されます。したがって、廃除者以外の者との関係では相続することができます。また、被廃除者の子、孫の代襲相続権には全く影響がありません(民法887条2項、3項)。
被廃除者は廃除により廃除者に対する関係の相続権を剥奪されますが、その後廃除者が被廃除者との間に新たな身分関係を形成したときは、被廃除者は、新たに形成された身分関係に基づいて新たな相続権を取得するとされています。
最後に、被相続人は、何時でも、推定相続人の廃除の取消を家庭裁判所に請求することができます(民法894条1項)。また遺言でも廃除の取消を請求することができます。遺言による場合には、遺言執行者は、遺言が効力を生じた後、遅滞なく家庭裁判所に廃除取消の請求をしなければなりません(民法894条2項)。この請求権は被相続人に専属しています。廃除の取消がなされると、廃除の効果は、相続開始時にさかのぼって消滅し相続権が回復します。
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