配偶者居住権

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

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配偶者居住権

(1)

立法の趣旨と背景

配偶者居住権とは、相続発生時に、被相続人の配偶者が被相続人の所有建物に居 住していた場合に、当該居住建物に居住し続ける権利をいいます。
平成 30 年 7 月 6 日に「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成 30 年法律第 72 号)が成立しましたが、配偶者居住権は、この改正法により新設さ れ、令和 2 年 4 月 1 日以降に発生した相続に適用されることとなりました。
従来、被相続人の所有建物に居住していた配偶者は、相続の発生によりその居住 建物を相続できればともかく、相続できなかった場合には、生存配偶者が居住し続 ける権利が法律上明確ではありませんでした。特に、相続財産が、被相続人が配偶 者と同居していた自宅のみというような場合、そのような事態が生じやすいという 事情もありました。そこで、生存配偶者を保護するために設けられた制度が、配偶 者居住権です。
配偶者居住権には、本来的な配偶者居住権(長期居住権)と配偶者短期居住権の 2種類があります。
(2)

配偶者居住権(長期居住権)

配偶者居住権(長期居住権)は、生存配偶者の居宅を長期的に確保し、その生活関係を保護するものです。
(イ)
発生原因:
①遺産分割で配偶者居住権を取得するものとされたとき(民法 1028条1項1号)
②配偶者居住権が遺贈又は死因贈与の目的とされたとき(民法 1028条1項2号、民法554条)
例外:
①被相続人が相続開始時に居住建物を配偶者以外の者と共有している場合は発生しません(民法 1028 条 1 項柱書ただし書)。生存 配偶者と婚姻関係になかった者に、配偶者居住権の負担を負わす ことは適当ではないからです。

家庭裁判所の審判による場合(民法 1029 条)
以下の場合には、家庭裁判所は審判により配偶者居住権を認めることができます。
共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が 成立しているとき
生存配偶者が家庭裁判所に対し配偶者居住権の取得を希望する旨を 申し出た場合において、家庭裁判所が、居住建物の所有者の不利益を 考慮しても、なお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認 めるとき。
(ロ)
期間:
①原則:
終身
②例外:
遺産分割協議又は遺言に別段の定めがあるときは、それによります。
③例外:
家庭裁判所の遺産分割審判において別段の定めがあるときは、それによります。
(ハ)
効果:
①登記請求権(民法 1031 条 1 項):
居住建物の所有者は、配偶者に対し、配偶者居住権設定の登記 を備えさせる義務を負います。
②第三者対抗要件(民法 1031 条 2 項前段、605 条):
配偶者居住権の登記を備えることにより、配偶者は、居住建物の所有権を取得した者その他の第三者に配偶者居住権を対抗できます。
③妨害停止及び妨害排除請求権(民法 1031 条 2 項後段、605 条の 4):
配偶者居住権が登記されたときは、生存配偶者は、居住建物の 占有を妨害するものに対し妨害停止請求を、また、第三者が居 住建物を占有しているときには、居住建物の返還請求をするこ とができます。生存配偶者の生活を保護する以上、当然の効果 です。
④配偶者による使用収益(民法 1032 条 1 項):
生存配偶者は、居住建物について、善良な管理者の注意をもっ て使用収益しなければなりません。生存配偶者が居住できるとはいえ、自己所有建物ではないためです。
⑤配偶者居住権の非譲渡性(民法 1032 条 2 項):
配偶者居住権は譲渡することができません。生存配偶者の生活 を保護するための権利であり、その他の者が利用する必要はないからです。
⑥居住建物の増改築(民法 1032 条 3 項):
生存配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建 物の増改築や第三者の使用収益を許すことができません。自己所 有建物ではないからです。
⑦居住建物の修繕(民法 1033 条 1 項):
生存配偶者は、居住建物の使用収益に必要な修繕をすることが できますが、居住建物の所有者は、配偶者が相当の期間内に必要 な修繕をしないときは、自ら修繕をすることができます(民法 1033 条2項)。
⑧居住建物の費用の負担(民法 1034 条、583 条 2 項):
生存配偶者は、居住建物の通常の必要費(通常の修繕費用、固 定資産税等)を負担します。これに対し、それ以外の非常の必要 費(災害による破損の修繕等)や有益費については、その価格が 現存する場合に限り所有者の選択に従い、支出額または増加額を 建物所有者に対し償還請求することができます。
(ニ)
消滅:
次の場合には配偶者居住権(長期居住権)は消滅します。
生存配偶者に居住建物の用法遵守違反や善管注意義務違反があり、居住建物所有者が配偶者居住権消滅の意思表示をしたとき(民法1032条4項)
配偶者居住権の期間満了
配偶者居住権を認められた生存配偶者の死亡:生存配偶者の生活の場を確保するための配偶者居住権は、生存配偶者が居住しなくなっ た場合、建物所有者の権利を制限してまで存続させる理由がありま せん。
居住建物の全部が滅失その他の理由により使用収益出来なくなった とき(民法 1036 条、616 条)
(ホ)
評価:
生存配偶者が配偶者居住権を取得した場合は、遺産分割上、または、 相続税申告上、当該居住権の財産的評価額を相続により取得したもの として扱われます。
(3)

配偶者短期居住権

配偶者居住権(長期居住権)は、生存配偶者が当然に取得する権利ではありません。遺言、遺産分割協議、遺産分割審判等生存配偶者以外の者の意思、同 意又は判断を必要とします。
しかし、それでは、相続発生直後において、配偶者居住権(長期居住権)の 発生が確定していなければ、生存配偶者の地位は不安定であり、暫定的に生存 配偶者の居住権を認める必要があります。
このような必要性に基づいて設けられた制度が、配偶者短期居住権です。
(イ)
発生要件
:配偶者は、被相続人の所有建物に相続開始の時に無償で居住していた場合、 当然に、配偶者短期居住権を取得します(民法第 1037 条 1 項本文)。ただし、 配偶者が、相続開始の時に配偶者居住権(長期居住権)を取得したとき、又は 欠格事由に該当し若しくは廃除により相続権を失ったときは、配偶者短期居住 権を取得することはできません(民法第 1037 条 1 項ただし書)。
(ロ)
存続期間
:配偶者は、被相続人の所有建物に相続開始の時に無償で居住していた場合、 当然に、配偶者短期居住権を取得します(民法第 1037 条 1 項本文)。ただし、 配偶者が、相続開始の時に配偶者居住権(長期居住権)を取得したとき、又は 欠格事由に該当し若しくは廃除により相続権を失ったときは、配偶者短期居住 権を取得することはできません(民法第 1037 条 1 項ただし書)。
居住建物について、配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合
:遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6カ月を経過する日のいずれか遅い日(民法 1037 条 1 項 1 号)
①以外の場合
:居住建物取得者はいつでも配偶者短期居住権の消滅を申し入れることができるが(民法 1037 条 3 項)、この申し入れから6カ月を経過した日まで、生存配偶者は居住できる(民法 1037 条 1 項 2 号)
(ハ)
効果:配偶者短期居住権は、暫定的なものであるため、建物所有者の登記義務や第三者に対する対抗力が明記されない外は、配偶者居住権(長期居住権)とほぼ同様の効果が認められます。なお、配偶者が配偶者居住権(長期居住権) を取得した場合、遺産分割において、配偶者の具体的相続分からその価値が控 除されますが、配偶者短期居住権は、配偶者の具体的相続分からその価値が控 除されることはありません。
(ニ)
消滅:次の場合に配偶者短期居住権は消滅します。
生存配偶者に居住建物の用法遵守違反や善管注意義務違反があり、居住建物所有者が配偶者居住権消滅の意思表示をしたとき(民法 1038 条 3 項)
配偶者短期居住権の期間満了
配偶者短期居住権を認められた生存配偶者の配偶者居住権取得(民法 1037条 1 項ただし書参照):配偶者短期居住権は必要なくなります。
配偶者短期居住権を認められた生存配偶者の死亡(民法 1040 条、621 条)
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