事業承継

事業承継における遺言の活用

1 事業承継における遺言の有用性について

 

 「事業承継」という言葉に明確な定義があるわけではありませんが、事業承継では、①人(経営)の承継、②株式・事業用資産・資金といった資産の承継、③経営理念・従業員の技術・ノウハウ・経営者の信用・取引先の人脈・顧客情報・知的財産・許認可等といった知的資産の承継が行われます。
  円滑に事業承継を成功させるための基本は、後継者に経営に必要な株式その他の資産を集中させることにあります。しかし、先代経営者が何の対策も講ずることなく死亡した場合、先代経営者の財産の相続は、民法の定める法定相続人により、民法の定める法定相続分に従って行われます。
もちろん、相続人間で遺産分割協議を行うことにより、後継者を決めることができれば問題ありませんが、遺産分割協議は相続人全員の合意がなければ成立しないため、一人でも反対する相続人がいれば遺産分割協議は成立しません。その場合、特定の者に経営に必要な株式その他の資産を集中させることはできず、法定相続分を前提とした遺産分割では、事業承継の成功は望めません。
  そこで、後継者の有する法定相続分が、経営に必要な株式その他の営業用資産を取得するのに決定的に不足しているという場合には、後継者の相続分を増やす必要があり、先代経営者が民法と異なる相続分に指定することができる方法として考えられるのが「遺言」です。
  遺言を作成することにより、後継者に経営に必要な株式その他の資産を取得できるだけの相続分を与えることができ、先代経営者が遺言を作成することは、事業承継対策の第一歩と言えます。

2 特に遺言が必要とされるケースについて

(1) 株式会社の承継の場合

   

 株式会社の場合、後継者に株式を相続させることで会社を承継させることができますが、会社に相続人の数人が関係している場合や、財産のほとんどが会社の株式である場合などは、紛争を防止するために、ぜひ遺言を残したいケースです。
 また、株式会社において、先代経営者が過半数の株を持つなど強力な支配権を有している場合には、子供らの気持ちを慮って兄弟間で株数を平等に相続させると、兄弟間で意見が対立した場合に、会社の意思決定が頓挫する危険があるため、遺言により、後継者が会社支配を貫徹できるだけの株式数を相続させる必要があります。
上記のような場合、株式を相続できない相続人から不満が出ることもあるため、遺言に付言事項(相続人へのメッセージ)として、そのような遺言にした理由ないし想いを書いておくと良いと思われます。

(2) 個人事業の承継の場合

   

 個人事業の場合、後継者に事業関係の資産を全部相続させることで事業を承継させることができますが、株式会社の場合と同様に、事業に家族の数人が絡んでいる場合や、事業用の資産以外に特にこれといった資産がない場合などは、紛争を防止するために、ぜひ遺言を残したいケースです。
 また、個人事業を営んでいる場合、例えば、事務所や工場の建物或いは土地といった事業用資産につき、個人名義で賃貸している場合もありますが、そのような場合には、遺言により、当該事業用資産を後継者に相続させる他、後継者以外の相続人にも恩恵を受けさせるべく、当該事業用資産から得られる賃料については、後継者から後継者以外の相続人に与えるように負担を付することも考えられます。
上記のような場合、株式会社の承継の場合と同様に、遺言に付言事項として、そのような遺言にした理由ないし想いを書いておくと良いと思われます。

3 遺言を作成する際の注意点について

(1) 遺言の方式について

  

  民法で通常用いられる遺言としては、㋐自筆証書遺言、㋑公正証書遺言、㋒秘密証書遺言の3つの方式があります。
以下、簡単に上記の3つの遺言の方式について説明します。

  ア ㋐自筆証書遺言とは、遺言者が、遺言の本文、日付及び氏名を自書し、押印することによって完成する遺言であり、文字を書くことさえできれば独力で作成できる遺言です。
 もっとも、自筆証書遺言は、偽造・変造・毀損等のおそれがあり、相続開始後に遺言書の検認手続(家庭裁判所で遺言の存在、内容、形状などを確認する手続)を経なければなりません。そのため、これまで一般的には、遺言書の無効等で争われる可能性が低く、検認手続の必要もない㋑公正証書遺言が優れているとされてきました。
 しかし、高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続をめぐる紛争を防止するという観点から、遺言書保管法が令和2年7月10日より施行され、法務局において自筆証書遺言に係る遺言書を保管する遺言書保管制度が設けられたことにより、自筆証書遺言が非常に利用し易いものとなりました。具体的には、遺言書保管制度を利用した場合、自筆証書遺言の不安要素であった偽造・変造・毀損等のおそれについては、法務局に預けることにより回避することができ、検認手続を経る必要もなくなりました。
 したがって、今後は、事業承継のために遺言を作成しようとする際にも、遺言書保管制度を利用することを前提として、自筆証書遺言の方式による遺言作成の増加が予想されます。

イ ㋑公正証書遺言とは、遺言者が遺言の内容を公証人に伝え、公証人がこれを筆記して遺言書を作成する方式の遺言です。
  多少の費用は掛かるものの、公証人が作成し、公証役場で遺言は保管されるため、検認手続の必要もなく、遺言書の無効等で争われる可能性も低いことから、非常に安全性の高い遺言です。
事業承継のために遺言を作成する際には、やはり公正証書遺言を作成することが最も安心です。

ウ ㋒秘密証書遺言の利用件数は多くないため、ここでは詳述しませんが、秘密証書遺言とは、遺言者が遺言の証書に署名・押印して、それを封じ、証書に用いた印章で封印し、公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨ならびに遺言書の筆者の氏名及び住所を申述することにより作成できる遺言です。

(2) 遺言の内容について

  

 ア 後継者に経営に必要な株式その他の資産を取得できるだけの相続分を与えるために遺言を作成する場合、後継者以外の相続人の最低限の取り分を保障した、いわゆる遺留分を侵害してしまう可能性があります。遺言により遺留分を侵害した場合でも遺言が無効になることはありませんが、侵害された相続人が遺留分侵害額請求を行うことによりトラブルになることがあります。
 そこで、以下のような対策を取ることが考えられます。
(ア) 後継者に経営に必要な資産を承継させた後、残る相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分を超えている場合
後継者以外の相続人が残りの相続財産を承継する旨を遺言で指定することにより遺留分侵害を防止するとともに、遺産分割協議が行われ、時間が浪費されることを防止することが考えられます。 (イ) 後継者に経営に必要な資産を承継させた後、残る相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分に足りない場合
後継者から後継者以外の相続人に代償金を払わせる遺言にすることにより、遺留分侵害を防止することが考えられます。
また、原則として生命保険金は遺留分算定の基礎となる財産には含まれないことから、後継者を生命保険金の受取人に指定しておくことにより、後継者以外の相続人から遺留分侵害額請求をされた際の支払い原資を確保することができ、遺留分侵害額請求をされた場合にも、円滑に支払いができる状態を作っておくことが考えられます。
イ また、株式の相続では、株式の評価額は変動するため、遺言作成時に相続額が確定するわけではなく、遺言作成時の株価が、遺言者の死亡時には大幅に下落しているということもあります。
 したがって、事業承継において株価を相続させる場合には、遺言者の死亡時以後は仕方ありませんが、生前には遺言を作成した後も株価の動向に気をつけ、場合によっては遺言を書き換えるなどの配慮も必要となります。

4 最後に

当事務所は、幅広い業務分野において多くの成果をあげ、豊富な経験のうえに立つ多くのノウハウを築いてまいりましたが、中でも、相続人や財産関係が複雑な相続案件については、高度の専門性を存分に発揮できる中核分野として国内で有数の実績を有しており、著名な最高裁判例なども獲得しております。 相続による事業承継をご検討の際には、朝日中央綜合法律事務所の弁護士にご相談下さい。

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