取締役の責任-善管注意義務・忠実義務違反

株主代表訴訟マニュアル

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取締役の責任-善管注意義務・忠実義務違反

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取締役の善管注意義務、忠実義務とは何か。
これらの義務に違反することになるのは、どのような場合か。

善管注意義務と忠実義務の関係

取締役は株式会社との関係で善良な管理者の注意義務を負います(善管注意義務。会社法330条、民法644条)。一方、会社法355条は、取締役は法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し株式会社のため忠実にその職務を遂行する義務(忠実義務)を負うと定めています。
そこで、善管注意義務と忠実義務との関係が問題となります。
最高裁は、忠実義務は、善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまり、 通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の高度な義務ではないとしています(最判昭45・6・24民集24巻6号625頁)。
これに対して、学説では、忠実義務は善管注意義務とは別の概念であるとする見解も有力です。しかし、善管注意義務と忠実義務との関係を理論のうえでどのように解しようと、具体的事案の解決のうえではほとんど影響がないという指摘もあります。

善管注意義務、忠実義務違反による取締役の責任

取締役がその任務を怠ったときは、株式会社に対して損害賠償責任を負います(会  社法423条1項)。ここにいう「任務」には、取締役の善管注意義務や忠実義務も含まれます。したがって、取締役は善管注意義務ないし忠実義務に違反して株式会社に損害を与えた場合、株式会社に対し損害賠償責任を負うことになります。
取締役が株式会社に対し賠償しなければならない損害の範囲は、取締役の義務違反と相当因果関係に立つ損害です。
取締役が責任を負うのは義務違反について、取締役に故意、過失のある場合に限られます。取締役に課せられる善管注意義務ないし忠実義務とは、一定の職業人(この場合は経営者)としての通常の注意能力を有する平均人が、特定の状況(株式会社の規模、業種等)のもとで当然尽すべきであると考えられる注意義務のことをいいます。

経営判断の原則

株式会社経営には常にリスクがつきまといます。取締役が自己の経験や専門知識に基づいて、株式会社のために良かれと思って下した判断が、結果として誤っている場合はあり得るものです。しかし、そんなとき常に取締役の責任が問われるとなれば、取締役の行動は萎縮し、ひいては株式会社の発展が阻害されるおそれがあります。
よって、取締役の経営上の判断については、善管注意義務違反が成立する範囲が限定される場合があります。
アメリカ法上の議論
アメリカの判例法上発展してきた理論に「経営判断原則」というものがあります。これは、「取締役が株式会社及び彼の権限内において、ある決定を下した場合には、その決定の合理的な根拠があり、かつ彼が株式会社の最良の利益であると合理的に信じた事柄以外には影響を受けずに、彼独自の裁量と判断の結果として、当該決定を下したのであるならば、裁判所は経営内部事項には干渉しないし、裁判官の判断をもって取締役の決断に代替せしめることはない」というものです。
我が国の裁判例においても、これと類似の考え方を示すものが少なからず見受けられます(東京地判平成16・9・28判時1886号11頁など。)。
もっとも、日本の裁判所は取締役等の決定の内容の合理性を実質的に審査する手法をとっており、この点でアメリカの経営判断原則とは異なります。
アパマンショップHD株主代表訴訟事件(最高裁平成22年7月15日判時2091号90頁)
本判決は、子会社株式の買取りの適否という事例判断の形式をとってはいるものの、経営判断一般について適用されうるような審査基準を示している点で注目される。
本件は、Z社の株主であるXが、同社の取締役であるYらに対し、YらがA社の株式を1株当り5万円の価格でZ社から買い取る旨の決定をしたことにつき、取締役としての善管注意義務違反があると主張して、Z社に対して連帯して約1億3000万円を支払うよう求めた株主代表訴訟の事案である。
最高裁は、事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられており、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において諸般の事情を総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないとした。
このように、本判決は、決定の過程と内容に著しく不合理な点がないかという判断基準を採用した。

経営判断の誤りについて善管注意義務違反が問題となった事例

経営危機状態での対応
(ア)
東京地決昭59・9・7判時1148号147頁
構造不況の厳しい経営環境のもとで長年損失を計上していた製糖株式会社において、当該取締役が、株式会社財産を組織体である一体のものとしての営業譲渡という方法をとらずに、個々の資産に分解して不当に安く処分したとして善管注意義務違反、忠実義務違反に問われたケースで、裁判所は、「株式会社の経営環境は相当程度厳しく、このような状況のもとにあって……工場を資産売却の方法で譲渡するか営業譲渡の方法によるかは高度の経営判断の問題であり、法令違反を問うべき筋合いではない」と判示し、取締役の責任を否定。
(イ)
大阪地判昭62・2・27判時1267号142頁
株式会社の売り上げが激減し、従業員も去って休業に近い状態になったにもかかわらず、取締役は株式会社の機械装置を売却し、その結果空いた工場の一部を他に賃貸するなどしてその営業を続け、株式会社財産を費消したことが善管注意義務違反、忠実義務違反に当たるとして提訴されたケースで、裁判所は、「急速にスクラップ化が進行している機械装置をできる限り早い時期に良い値段で他へ売却し、その結果空いた本件建物の一部を他に賃貸して賃料収入を図るという被告らが採用した方法は、奇抜ではあるが、これに優る方法を直ちに考え難く、やむを得なかったこととして是認することができる」として、取締役の責任を否定。
経営不良株式会社との取引の継続 東京高判昭45・1・29判時585号74頁
相手方株式会社の経理状態が悪化し、売掛金の支払いが滞りがちになったにもか かわらず、代表取締役はなおもその相手方株式会社に対する鉄板の販売を継続した結果、多額の売掛金が回収不能になったというケースで、裁判所は、「僅かな注意を払うことによって、……との取引を継続してもいたずらに売掛金の未払い額を増やすだけの結果に終わるであろうことを予見しえたはずであるのに、その注意を払わなかった」として、取締役の責任を肯定。
新規事業の失敗
(ア)
神戸地判昭51・6・18判時843号107頁
繊維工業製品の製造などを目的とする株式会社の取締役がボーリング場の経営を始めたが、間もなくボーリング人気が急激に下降し、失敗に終わったというケースで、裁判所は、「ボーリング場の建築賃貸を始めたのは、多角経営による株式会社の経営基盤の安定強化と不況対策としてなしたもので、当時の黄麻紡績業界などの動向に照らすと、まことに無理からぬ経営上の判断であり、善意に基づく株式会社財産の管理運営とみるのが相当であって……損害の発生をもたらした原因としては予測の困難な経済情勢の変動という、いわば他動的要因の寄与したことも否定できぬところであり、これを直ちに取締役の忠実義務違反に帰せしめるのは相当でない」として取締役の責任を否定。
(イ)
仙台地判昭52・9・7判時893号89頁
美容環境衛生組合が美容学校の設立を実行する途上で、組合員の一部から反対が出て反対運動がエスカレートしたので、理事らは組合内部の混乱を避けるため一時この計画を中止した結果、この計画の遂行のために既に支出した費用相当額の損失が生じたとして、理事らの善管注意義務違反、忠実義務違反が問われたケースで、裁判所は、「一般に企業の理事者がその任務遂行にあたって用うべき善良なる管理者の注意義務の具体的内容は、企業の規模種類業務の内容等によって異なるべきは当然であって、それがいかなる事業をなすべきか等の経営方針ないし政策に関する事項に属するものであるときは、たとえ実行に移した事業計画が終局的に成功しなかったとしても、それがその必要性ないし実現の可能性に関する判断を明らかに誤り何人がみても無謀と認められるような計画であったり、或いは不正、不当な目的、方法等でなされたものでない限り、その経営手腕等について批判をうけるは格別、それについて理事者は損害賠償の責を負うものではない」として理事らの責任を否定。
廉価販売等
(ア)
名古屋地判昭58・2・18判時1079号99頁
代表取締役が自社の製品を自己が代表取締役をしている他の株式会社に廉価で継 続的に販売したというケースで、裁判所は、「廉価販売が原則として株式会社に損害を与える行為であるとしても、株式会社の(代表)取締役は、企業の責任者として、長期的にはこれが株式会社の維持発展につながるという経営上の理由があるならば、短期的には株式会社に不利益が生ずることがあっても、その裁量に基づき、敢えて特定の取引先に対し他の取引先に比べ安価に製品を販売することも許される場合があり、右合理的理由に基づく廉価販売であれば、取締役の右職務の遂行を非難することはできない」との一般論を述べたあと、結論としては、「(本件)廉価販売についてはこれを是認するべき合理的理由はなく」、当該代表取締役は、「正当な理由なしに……丸棒を廉価で販売していたことを容認放置していたのであるから、右行為は取締役として不当な職務執行であったことは明らかなところである」として代表取締役の責任を肯定。
(イ)
東京地判昭49・3・14判時773号127頁
倒産状態にある株式会社の代表取締役が、廃業による株式会社資産の評価損を避けるとともに従業員の生活補償のため、株式会社の財産である土地、建物、営業用機械設備一切、得意先などの組織体を第三者に譲渡したというケースで、裁判所は、「当時の……状況のもとにおいては、やむを得ない措置と解せられ、この行為が株式会社のため損害を生じさせる忠実義務違反行為ということはできない」として、取締役の責任を否定。
子株式会社、関連株式会社の救済
(ア)
福岡高判昭55・10・8判時1012号117頁
経営破綻に瀕した子株式会社に対し親株式会社の取締役が融資を継続したケースで、裁判所は、「たとえ株式会社再建が失敗に終りその結果融資を与えた大部分の債権を回収できなかったとしても、右取締役の行為が親株式会社の利益を図るために出たものであり、かつ、融資の継続か打切りかを決断するにあたり企業人としての合理的な選択の範囲を外れたものでない限り、これをもって直ちに忠実義務に違反するものとはいえない」として取締役の責任を否定。
(イ)
東京地判昭61・10・30判タ654号231頁
グループ株式会社に対し、その経営が傾きつつある時期に貸付けをし、借入れの保証をしたというケースで、裁判所は、「現実に回収不能の危険性があったか否かの判断は、負債の内容、返済計画、営業内容等の諸事情を総合的に考察して慎重になされるべきものである。しかもかかる経営上の判断についてはその性質上危険が伴うのは避けられないものであり、その判断により結果的に株式会社に損害をもたらしたとしても、その当時の事情を基礎として通常の経営能力を有する経営者からみて明らかに不合理なものと認められない限り忠実義務に反するとはいえない」として取締役の責任を否定。