伝統的な不法行為制度は、過失責任主義を採用しています。しかし、この過失責任主義は、対等な私人間で、一方が他方に加害行為を行った場合を想定していました。過失責任主義は、過失がなければ法的責任を問われることがないという意味で、私人間の行動原理としても重要な役割を果していました。
ところが、現代社会においては、テクノロジーが高度に発達したため、企業によって大量の製品が製造、販売され、消費者がこれらの製品を使用するという状況が生まれました。こうした状況の中では、企業は製品の安全についての情報を独占し、消費者は製品の安全についての情報を入手しえないことになり、製品の欠陥による被害を防止しうるのは消費者ではなく企業側であると考えられるようになりました。
現実に我が国でも安全性を欠いた製品による事故が大規模に発生しましたが、被害者が訴訟手続の中で製造業者等の法的責任を追及する場合、被害者は企業の過失を主張、立証することが非常に困難で、本来受けられるべき救済が過失責任主義という理論のために訴訟の場で受けられないという事態が生じました。
現代社会においては、製造業者等は常に被害を受ける立場にはなく、消費者は常に被害を受ける立場にあるという固定した関係にあるという見方もできます。製造業者等はときとして巨大な資本を有し、製品の製造、販売によって利益を得ているのに対し、個々の消費者は個人であることが多く、消費者が製造物の欠陥により被害を受け、法的救済を受けられなければ、場合によっては悲惨な状況となるなどの社会問題も発生しました。こうした状況の中で、製造業者等に、製造物の欠陥による損害について無過失責任を課しても、製造業者等は、例えば、製造物にコストを上乗せしたり、保険によるリスクヘッジを行うこと等により対応が可能であるから、むしろこの方が公平であるといった考えが主張されるようになってきました。
以上のような社会状況を背景として、裁判所は製造業者等に高度の注意義務を課す等の手法により過失責任主義のもとで何とか被害者の救済を図る方向で努力してきたといえます。しかし、こうした努力は過失責任主義のもとでは一定の限界がありました。そこで、安全性を欠いた製造物の被害については、伝統的な過失責任主義は適当ではなく、製造業者等に無過失責任を課すことによって、被害者の救済を図り、同時に製造物の安全性を高めるべきであるとの考え方が支配的になったのです(東京地判平14.12.13 判時1805号14頁・判タ1109頁285頁は、製造物責任法の立法趣旨について詳細に解説を加えており、その中で、危険責任の法理、報償責任の法理、信頼責任の法理を明らかにした上、製造物の欠陥に起因する損害賠償責任負担の危険を分散するために、責任保険制度等の普及が図られたことについても明らかにしている。)。
米国においては、製造物の欠陥による事故については、製造業者は過失がなければ責任を負わないとする過失責任の原則がとられていました。ところが、製造物責任については、過失責任の原則を捨て、製造業者に無過失責任を負わせるべきだとの考え方が強まりました。1963年カリフォルニア州最高裁判所はグリーンマン事件判決において、無過失責任の原則(厳格責任理論)を採用し、1965年に公表された第2次不法行為法リステイトメント402条Aは製造物責任について無過失責任の原則(厳格責任理論)を採用しました。
EC諸国においては、各国で製造物の欠陥による事故については製造業者は過失がなければ、責任を負わないとする過失責任の原則がとられてきました。
各国は、それぞれ、この過失責任の原則をなんらかの形で変更し、製造業者に対し責任を追及しやすくしていました。これらの動きは、各国ごとにかなりの差異がありました。そこでECは、各加盟国の製造物責任に関する、原則を統一する作業を開始し、1985年7月25日、EC閣僚理事会において「EC指令」が採決され、同月30日、各加盟国に通告されるに至りました。同指令は、過失責任の原則を採用せず、無過失責任の原則を採用しています。
我が国におきましても、大気汚染防止法、水質汚染防止法で事業活動に伴って排出された有害物質によって生じた人身損害につきましては、事業者の無過失責任が規定されていました。
製造物責任についても無過失責任を導入すべきであるとの意見は、私法学者、弁護士、各種消費者団体から特に昭和50年代以降強く主張され、立法化の手続が各界の意見を聴取しながら慎重に進められてきました。
第13次国民生活審議会消費者政策部会は、平成3年10月の中間報告で我が国においても、製造物責任について、製造業者に無過失責任を負担させるべきであるとの見解を表明しました。以上の経過を経て、我が国においても製造物責任法が制定され、無過失責任主義が採用されました。