製造物責任の客体

製造物責任マニュアル

製造物責任の客体

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製造物とは何か。

はじめに

製造物責任は「製造物」を対象として、その欠陥から生じる損害について製造業者等に厳格な責任を課そうとするものです。この製造物責任は、テクノロジーの発展により製造業者と消費者の分化が進み、消費者が大量生産された工業製品の使用に伴う安全性を製造業者に依存しなければならなくなったことを背景に発展してきた法理です。したがって、製造物責任は、現代の大量生産・大量消費という形態が当てはまる製品、すなわち、最終製品たる動産を対象としてきました。このように、従来から製造物責任における「製造物」概念の中心部分についてのおおかたの考えは、ある程度一致していました。しかし、細かな点ではいろいろな考えがあります。
製造物責任法では、「製造物」の定義規定が定められ、製造物の概念がある程度明らかになっております。

製造物責任法の規定

製造物責任法では、「製造物」とは製造、加工された動産をいうと定義されています(2条1項)。民法では、動産とは、不動産以外の「物」をいうと規定し(民法86条2項)、「物」とは、有体物をいうと規定しています(民法85条)。有体物とは、空間の一部を占めている有形的存在を有する物であり、液体、気体、固体は有体物ですが、電気、熱、光などのエネルギーは有体物でないと一般に解されています。
また、不動産とは、土地及び土地の定着物をいうと規定されています(民法86条1項)。

製造物の範囲

前記の「製造物」の定義を踏まえ、製造物責任法のもとで「製造物」に含まれるか否かが問題となるものを個別に検討します。
(イ)
農林水産物
農林水産物のうち未加工農林水産物は、基本的に自然の力を利用して生産されるものであるということから、製造物責任の対象とはならないと解されます。
一般に加工とは、その物の本質を保持させつつ、新しい属性を付加し、価値を加えることをいいます。具体的には、加熱(煮る、焼く)、味付け、粉挽き、搾汁らは加工に当ると解されます。これに対し、単なる切断、冷凍、乾燥などは加工に当たらないと解されます(イシガキダイをアライ、兜焼き等にして客に提供した行為が「加工」に当たると判断された事例として、東京地判平14.12.13 判時1805・14、判タ1109・285)。
したがって、作物、野菜、果樹の栽培、種子の増殖、養殖が大量に業として行われていても、基本的には自然の力を利用して生産が行われていることから、「製造又は加工」に当たらず、製造物責任法にいう「製造物」には該当しないと解されます(もっとも、今日のバイオテクノロジーの発展に鑑みると、社会通念上、「加工」に該当するといえる技術も存在し得ると考えられます。)。また、これらの農林水産物が大量に人為的に冷凍、乾燥された場合でも、「加工」とはいえず、「製造物」には該当しないと解されます。
(ロ)
不動産
不動産については、製造物責任法により「製造物」に含まれないことが、規定上明確になりました。その理由として次の諸点が挙げられます。
(a)
不動産に関する紛争の大部分が契約当事者間におけるものであり、契約責任で対応が可能であること
(b)
第三者に対する被害については、土地工作物責任により被害者の保護が図られていること
(c)
製造物責任が、大量生産、大量消費という形態が当てはまる製品、すなわち、最終製品たる動産をその対象としていること
(ハ)
血液製剤
血液そのものは製造物には該当しませんが、血液製剤は血液に加工を加えた製品ですから、「製造物」に含まれ、製造物責任法の対象となります。
血液製剤は、全血製剤、血液成分製剤、血漿分画製剤の3種類に分けられます。
このうち、全血製剤と血液成分製剤が、輸血用血液製剤ですが、いずれも血液に保存液や抗凝固剤が加えられて処理されているため、加工された動産、すなわち「製造物」と解されます。また、血液中の有効成分を抽出加工して治療に用いられる血奬分画製剤は、高度な加工処理が加えられた製品と見ることができますから、「製造物」に該当することは異論のないところです。
ただし、製造物責任法案の審議過程において、以下のとおりの政府見解が表明されています。
「輸血用血液製剤(全血製剤及び血液成分製剤をいう。)の欠陥については、次の(a)ないし(c)のような製品の特性等の事情を総合的に考慮し、判断する必要がある。
(a)
生命の危機に際して使用されるものであり、他に代替する治療法がなく、極めて有用性が高い。
(b)
輸血によるウイルス等の感染や免疫反応等による副作用が生ずるおそれがある旨の警告表示がなされている。
(c)
輸血用血液製剤は、世界最高水準の安全対策を講じたうえで供給されているが、技術的にウイルス感染や免疫反応等による副作用の危険性を完全には排除できない。

したがって、現在の科学技術の水準の下で技術的に排除できないウイルス等の混入や免疫反応等による副作用は、欠陥に該当しないものと考えている。」
さらに、製造物責任法案に対する衆議院商工委員会の附帯決議でも「特に輸血用血液製剤については、その特殊性に鑑み、審議における政府見解の周知徹底を図ること」とされ、参議院商工委員会でも、同旨の附帯決議がなされています。
(ニ)
ワクチン
麻疹、おたふくかぜ、BCGなどの生ワクチンも、原材料である自然のウイルス等を培養し、凍結や乾燥等の加工をした製品ですから、「製造物」に含まれると解されます。
製造物責任法案の審議過程において、「生ワクチンの場合にも、製品特性その他の事情を総合的に考慮した上で、欠陥の有無が判断されることとなるので、その副作用が直ちに欠陥であるとは解されないと考えている」との政府見解が表明されています。
なお、インフルエンザやB型肝炎などの不活化ワクチンは、病原微生物を加熱処理等によって加工処理し、病原体の性質を変性させたものですから、「製造物」に含まれます。
(ホ)
電気等の無形エネルギー
電気等の無形エネルギーは、有体物ではないので、動産とはみなされません。
したがって、これらは製造物責任の対象とはならず、その発生装置が「製造物」に該当すると考えられます。
電気以外の無形エネルギーとしては、熱、磁気や放射線が考えられますが、これらのエネルギーは、通常はエネルギー発生機器の形で流通しているものですから、当該機器を製造物責任の対象とすれば足りると考えられます。
(ヘ)
ソフトウエア
ソフトウエアがIC等に記憶されて組み込まれた製品については、製造物責任の対象とする考え方もありますが、ソフトウエア自体は無体物ですから、製造物責任の対象にはならないと考えられます。
(ト)
部品・原材料
製品を構成する部品や原材料が消費者に届く最終製品に組み込まれ、独立した動産としての性格を失っても、「製造物」として製造物責任の対象となると考えられます。最終製品に欠陥が存在し、それが部品や原材料の欠陥に起因する場合には、部品・原材料の製造業者に製造物責任を負わせるのが妥当と考えられるからです。
なお、製造物責任法4条2項の規定により免責がなされる場合もあります。
(チ)
中古品
中古品も「製造物」として製造物責任の対象となります。ただし、中古品の場合には、第三者による改造、整備点検が繰り返されている上、製造時から相当な期間を経過している場合が多く、当初の製造会社に製造物責任を認めることは困難な場合が多いでしょう(中古自動車が走行中に発火、焼損した事案につき、自動車製造会社に製造物責任を求めたが否定された事例として大阪地判平14.9.24 判タ1129・174)。
(リ)
廃棄物
いったん廃棄されたものは、もはや製品として利用されることが予定されていませんので、原則として製造物責任の対象とすることは相当ではありません。しかし、廃棄物の中には、再度、製品として流通に置かれる物もあり、このような物は「製造物」として製造物責任の対象となります。
欧米の製造物責任法における「製造物」の意義
(イ)
EU諸国(尚、1993年11月「EC」から「EU」に呼称変更)
ヨーロッパ諸国の多くでは,EC指令に則して製造物責任法が制定されています。これらの製造物責任法において製造物の定義はほぼ一致しています。これらの製造物責任法では、EC指令2条の定義規定を受けて、製造物は、原則的にあらゆる形態の動産に及びます。また、エネルギーでは電気も製造物に含まれます。
当初、未加工農水産物については製造物から除外されていましたが、その後、BSE問題の発生をきっかけに対象に含まれることとなりました。
(ロ)
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では、第2次不法行為法リステイトメント402条Aが、多くの州の製造物責任の基準と考えることができます。
リステイトメント402条Aによりますと、「あらゆる製造物 (any product) 」と定めるだけで、製造物についての積極的な定義は示されていません。そしてその注釈dも、「本法則は、最終利用者や最終消費者に届くと予期された状態または実質上それと同じ状態で販売されるすべての製品に及ぶ」というだけで、例示的に、食品やその他直接人体に使用される物のほか、自動車、タイヤ、飛行機、グライダー、湯沸器、ガスレンジ、電動工具、リベット機、椅子、殺虫剤、ペットフード、除草剤を挙げるにとどまっています。このため、厳格責任が適用される製造物であるか否かは、判例法で具体的・個別的に決められていくことになりますが、中古品を含む動産が製造物に含まれることに争いはありませんが、不動産、電気については判断が分かれています。

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