クロロキンは、昭和6年ころ、ドイツのバイエル・イー・ゲー染料工業株式会社医薬品部エルバーフェルト研究所のアンデルザークらによって合成に成功した化学物質です。急性・慢性腎炎、ネフローゼ、ネフローゼ症候群、リウマチ性関節性を各効能とする薬品として使用されます。
このクロロキンの副作用として、体重減少、倦怠感、肩凝り、胃腸障害等の多くの症状の発生が報告されるようになりましたが、その中で最も顕著なものは眼障害でした。これは、クロロキン網膜症(以下、「ク網膜症」といいます)と呼ばれています。
このク網膜症に対する損害賠償請求に対する東京地判昭和57.2.1.判決は、製薬会社の責任を民法709条に求めたうえで、その過失について次のように論じています。
「民法709条にいう過失とは、結果発生の予見(認識)又は予見可能性を前提とするその結果発生回避義務違反である。
これまでに種々述べてきたが、被告製薬会社の当時の各代表者にはその職務を行うにつき原告ら患者に対するク網膜症罹患の結果発生回避義務違反があったことは明白である。すなわち、てんかん及び腎疾患関係では、これをクロロキン製剤の適応から排除し、関節リウマチ、エリテマトーデスの治療のための使用については、ク網膜症の適切かつ十分な警告、指示をし、原告ら患者がク網膜症に罹患するのを未然に防止する義務があったのに、これを怠った点において、過失の責めを免れないのである。
しかも、その義務懈怠の程度・態様も重大であるといわねばならない。まず、被告製薬会社では、ク網膜症を予見し得た時点以降はもちろん、その各認識の時点でも、ク網膜症に対する実験、研究等を実施した形跡は見当たらず、対外的にこれを警告する等の措置も全く講じていない。次に、我国にク網膜症が発祥した旨の報告発表のあった昭和37年末の時点で(この頃の我国での症例報告はほんの数件であったが、外国では前記外国文献によっても約50件近い症例報告が発表されていたし、人種差という点を重大視するとしても、第一節第四・三・2の認定事実から明らかなごとく、外国人よりも日本人の方が短期、少量のクロロキンでク網膜症に罹患する危険性があったことも忘れてはならない。)、単に内外の文献を収集し調査研究しただけでも、ク網膜症の重篤性、不可逆性、ひとたび罹患すると治療方法がないこと(少なくとも、この時点でその早期発見の方法が確立していなかったし、現在も事情は変わらない)、あるいは不必要な長期治療は避けるべきこと等は十分に知り得たはずであるし、それゆえ昭和38年の早い段階で既にに被告製薬会社としては前述の警告、指示の措置を講ずることが可能であったといえるのみでなく、ク網膜症というものがかような重篤かつ恐るべき障害であるという認識にたって、改めててんかんや腎炎に対する効果、治療上の必要度等を見直していたなら、容易にその有用性の否定に思いいたったはずである。しかるに、被告製薬会社は最後まで腎疾患、てんかん(但してんかんは被告Y及び同Tのみ。)を適応から排除しなかったし、前記時点で警告等の措置も講ぜず、年を追って徐々にク網膜症の罹患者が増えつつあったにもかかわらず、時期を失した不十分で不徹底というべき警告を積み重ねるのみで、被告O及び同科研にいたっては、腎疾患患者に対しかえって長期連用を勧めてク網膜症罹患の危険性を助長させるような結果をもたらし、なお右時点から約10年にもわたってクロロキン製剤の輸入、製造、販売等を続けてきたものである。このような義務の不履行は、高度な医薬品安全性確保義務を負う被告製薬会社として到底許されないことであって、その各代表者の職務執行上の過失は重大なものと評価せざる得ない。」
また、その控訴審である東京高判昭63.3.11 判時1271号3頁も、製薬会社の責任を肯定しました。
「そこで、被告製薬会社は、ク網膜症発症の危険性の予見が可能であった昭和35年1月頃以降、またその後その発症の危険性についての詳細を逐次に認識するに応じて、その製造、輸入又は販売するクロロキン製剤につき、次のような措置を講ずべき義務があったと解すべきである。
すなわち、医師、患者らその他のクロロキン製剤を投与しもしくは服用する可能性のある一般国民に対し、まず第一に、