製造物責任の責任事由-開発危険の抗弁

製造物責任マニュアル

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製造物責任の責任事由-開発危険の抗弁

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開発危険の抗弁とは何か。製造物責任法において開発危険の抗弁が採用された理由は何か。

開発危険の抗弁の意義

「開発危険」とは、製造物を流通に置いた時点における科学・技術水準によっては、そこに内在する欠陥を発見することが不可能な危険をいいます。そして「開発危険の抗弁」とは、製造物責任を負う要件が満たされている場合であっても、製造業者等が、製造物を流通に置いた時点における科学・技術水準によっては、そこに内在する欠陥を発見することが不可能であったことを証明すれば、製造業者等が製造物責任を負わないことを意味します。

製造物責任法と開発危険の抗弁

製造物責任法4条は、「前条の場合(同法3条の要件が備わっている場合)において、製造業者等は」、「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じないと規定しています。
すなわち、製造物責任法は、開発危険の抗弁を採用しています。

開発危険の抗弁が採用された理由

(イ)
理由
開発危険の抗弁が採用された最大の理由は、この抗弁が認められないと、製造業者等は製品を流通に置いた時点における科学・技術の知識の水準によって、そこに内在する欠陥を発見することが不可能な危険についてまで責任を負担することになり、研究、開発及び技術革新を阻害する可能性があるということです。そして、開発危険の抗弁を認めない場合、技術革新の停滞等による不利益が消費者にも及ぶ可能性があるとともに、場合によっては製造業者等にその負担能力以上の賠償義務を課すこととなり、かえって被害者が確実な救済を受けられなくなる可能性があるといわれています。
(ロ)
「開発危険の抗弁」採用反対説とそれに対する反論
これに対し、立法過程の中で、開発危険の抗弁を認めると、製造者が開発危険の抗弁を主張し、かつ立証する場合、被害者は製造物が流通過程に置かれた時点における科学知識や技術知識の水準によって製造物の危険を予見することが可能であったという点について争わなければならず、被害者が結果的に困難な立証上の負担を負わされると同時に、過失責任の下における予見可能性と同様の科学論争が生じる余地を残すことになるので、この抗弁を認めるべきではないとの意見がありました。
この見解に対しては、第1に開発危険の抗弁が規定されていなくても、解釈上、予見可能性が欠陥要件に含まれるのではないかとの議論が生じることにより、1つの争点となる可能性があり、果たしてこの抗弁が認められるかどうか、認められるとしてどの程度であれば免責されるかという点が争われ、かえって争点が拡散して被害の救済が遅れるなどのデメリットが生ずる可能性があるとの再反論がありました。
第2に、開発危険を抗弁として明示することにより、高度な科学・技術知識に係る予見可能性に関する証明責任が製造者等に帰することが明らかになり、審理の迅速化に資することになるとの再反論がありました。

開発危険の抗弁と過失責任の差異

製造物責任法においては、製造物の欠陥という要件によって責任が発生するという製造物の客観的評価に基づく無過失責任の考え方が採用されています。
これに対し、開発危険の抗弁は、製造物が流通に置かれたときの科学・技術水準によって製造業者等がその危険を予見することができたか否かという「予見可能性」を問題とするものです。
開発危険の抗弁と過失責任は、同じく予見可能性を問題とするものですが、開発危険の抗弁と過失責任では以下の点で差異があります。
(イ)
開発危険の前提となる科学・技術知識の水準は過失責任の場合よりも高度な水準であること(もっとも、我国の従前の医薬品の副作用被害に関する裁判例は、製造業者等に極めて高度の注意義務を課し、過失責任を認定しています。)。
(ロ)
かかる高度な科学・技術水準に係る予見可能性に関する証明責任が製造業者等にあることを明定していること
(ハ)
過失責任では科学・技術水準の入手可能性が問題となるが、開発危険の抗弁では、科学・技術の入手可能性は問題とならないこと

「開発危険の抗弁」の具体的内容

(イ)
予見可能性の前提となる「科学・技術知識」の水準
開発危険にかかる予見可能性を判断する際の科学・技術知識の水準については、個々の製造業者等の水準や業界の平均的な水準とするのではなく、入手可能な最高の科学・技術知識の水準が基準となります。
(ロ)
判断時期
判断時期は、「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時」(製造物責任法4条1号)です。
したがって、製造業者等が、製造物を流通に置いた後に新たな科学、技術知識により製造物の欠陥が明らかになったときは、その時点より前に流通に置いた製造物については、開発危険の抗弁が認められ、その時点以後に流通に置いた製造物については、開発危険の抗弁は認められないことになります。
製造業者等が製造物を流通に置いた後に製造物の欠陥が明らかになった場合であっても、その時点から製造業者等は当該製造物の危険性の公表、指示・警告、場合によっては一時的販売停止又は回収が求められ、これらのことを行わなかったために事故が発生したときには、過失責任により責任を負う可能性があります。
(ハ)
裁判例
イシガキダイにシガテラ毒素を有することは認識できなかったという開発危険の抗弁に対し、東京地判平14.12.13判時1805号14頁・判タ1109頁285頁は、以下のとおり、開発危険の抗弁についての一般論を詳細に論述していますので、かなり長くなりますが、今後の参考のために、そのまま引用することにします。
すなわち、「この規定(開発危険の抗弁)の立法趣旨とするところは、製造業者が科学技術に関する知見を如何に駆使しても当該製造物に存在する欠陥をおよそ認識することができない場合には、そのような欠陥による損害の発生も賠償すべき責任の限度も全く予測できないにもかかわらず、なお製造業者が製造物責任を負担しなければならないとすると、製造業者においてこのような負担を恐れて新製品の開発意欲が失われ、研究開発や技術革新が停滞し、ひいては産業活力が損なわれて国民経済の健全な発展が阻害されると考えられたため、政策的配慮から、このような事態を回避しようとしたことにあると解される。
他方、この開発危険の抗弁が安易に認められると、被害者救済を目的とする製造物責任制度を導入した意義が失われることは明らかであって、上記のような政策的配慮を背景とする開発危険の抗弁の立法趣旨に鑑みれば、その適用範囲は限定的に解するのが相当である。加えて、法には、不法行為における「加害者の過失」という主観的な要件を排し、物の客観的性状である「製造物の欠陥」を要件とすることで、主観的な要素である「加害者の過失」の判断に必然的に伴うばらつきを解消し、製品事故における損害賠償責任の法的安定性を確保する意義もあると解されるから、この観点からすると、上記「科学又は技術に関する知見」の基準を加害者の知見に求めるのは相当でない。以上を踏まえて、法の規定を解釈すれば、法4条1号にいう「科学又は技術に関する知見」とは、科学技術に関する諸学問の成果を踏まえて、当該製造物の欠陥の有無を判断するに当たり影響を受ける程度に確立された知識のすべてをいい、それは、特定の者が有するものではなく客観的に社会に存在する知識の総体を指すものであって、当該製造物をその製造業者等が引き渡した当時において入手可能な世界最高の科学技術の水準等がその判断基準とされるものと解するのが相当である。そして、製造業者等は、このような最高水準の知識をもってしても、なお当該製造物の欠陥を認識することができなかったことを証明して、初めて免責されるものと解するのが相当である。」と判示して、被告の開発危険の抗弁を排斥しました。
以上のほかにも、開発危険の抗弁が主張された事例がありますが、いずれも、排斥されています(気管切開チューブにつき、東京地判平15.3.20判タ1133号97頁・判時1846号62頁。ピアノ用防虫防錆剤につき、東京地判平16.3.23判時1908号143頁)。

諸外国の状況

我国の製造物責任法が開発危険の抗弁を採用したのは、EC諸国の例にならったものといわれています。
立法を終えたEC(EU)諸国の中で開発危険の抗弁を採用しなかった国は、ルクセンブルクのみです(後にEUに加盟したフィンランドも開発危険の抗弁を採用していません。)。また、オーストラリアでは1992年7月に、中国でも1993年2月に、それぞれ開発危険の抗弁を認めた製造物責任立法を行っています。
米国ではこの問題は技術水準(「現実的あるいは実際的な達成可能性、特定の業界における科学的および技術的な達成水準」と解されています)の問題として扱われており、欠陥の有無を判断する際の一基準となっていますが、1980年代後半以降、厳格責任の下で技術水準に関する証拠や抗弁を認め、予見不可能な危険については、製造業者等に責任を課さないこととする判決や州法が多くなってきているといわれています。

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