製造物責任の責任事由-無過失責任

製造物責任マニュアル

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製造物責任の責任事由-無過失責任

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製造物責任法において製造業者等が無過失であっても、製造物責任を負う(無過失責任)こととされるのはなぜか。
製造物責任法における無過失責任の具体的内容は何か。

製造物責任法による無過失責任の導入

製造物責任法3条本文は、「製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第3項第2号若しくは第3号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。」と定め、製造業者等に「過失」があるか否かを問題とすることなく、製造物に「欠陥」があれば、製造業者等は製造物責任を負うこととしました。
製造物責任法は、従来の不法行為制度の基本原則である過失責任の原則を捨て、無過失責任の考え方を導入するものであり、この意味で画期的な立法であるといえます。製造物責任法は、製造業者等の「過失」という主観的要件にかえて、製造物の「欠陥」という客観的な要件を責任要件としています。

無過失責任が採用された理由

(イ)
過失責任主義の問題点
伝統的な不法行為制度は、過失責任主義を採用しています。しかし、この過失責任主義は、対等な私人間で、一方が他方に加害行為を行った場合を想定していました。過失責任主義は、過失がなければ法的責任を問われることがないという意味で、私人間の行動原理としても重要な役割を果していました。
ところが、現代社会においては、テクノロジーが高度に発達したため、企業によって大量の製品が製造、販売され、消費者がこれらの製品を使用するという状況が生まれました。こうした状況の中では、企業は製品の安全についての情報を独占し、消費者は製品の安全についての情報を入手しえないことになり、製品の欠陥による被害を防止しうるのは消費者ではなく企業側であると考えられるようになりました。
現実に我が国でも安全性を欠いた製品による事故が大規模に発生しましたが、被害者が訴訟手続の中で製造業者等の法的責任を追及する場合、被害者は企業の過失を主張、立証することが非常に困難で、本来受けられるべき救済が過失責任主義という理論のために訴訟の場で受けられないという事態が生じました。
現代社会においては、製造業者等は常に被害を受ける立場にはなく、消費者は常に被害を受ける立場にあるという固定した関係にあるという見方もできます。製造業者等はときとして巨大な資本を有し、製品の製造、販売によって利益を得ているのに対し、個々の消費者は個人であることが多く、消費者が製造物の欠陥により被害を受け、法的救済を受けられなければ、場合によっては悲惨な状況となるなどの社会問題も発生しました。こうした状況の中で、製造業者等に、製造物の欠陥による損害について無過失責任を課しても、製造業者等は、例えば、製造物にコストを上乗せしたり、保険によるリスクヘッジを行うこと等により対応が可能であるから、むしろこの方が公平であるといった考えが主張されるようになってきました。
以上のような社会状況を背景として、裁判所は製造業者等に高度の注意義務を課す等の手法により過失責任主義のもとで何とか被害者の救済を図る方向で努力してきたといえます。しかし、こうした努力は過失責任主義のもとでは一定の限界がありました。そこで、安全性を欠いた製造物の被害については、伝統的な過失責任主義は適当ではなく、製造業者等に無過失責任を課すことによって、被害者の救済を図り、同時に製造物の安全性を高めるべきであるとの考え方が支配的になったのです(東京地判平14.12.13 判時1805号14頁・判タ1109頁285頁は、製造物責任法の立法趣旨について詳細に解説を加えており、その中で、危険責任の法理、報償責任の法理、信頼責任の法理を明らかにした上、製造物の欠陥に起因する損害賠償責任負担の危険を分散するために、責任保険制度等の普及が図られたことについても明らかにしている。)。
(ロ)
諸外国の動向
米国においては、製造物の欠陥による事故については、製造業者は過失がなければ責任を負わないとする過失責任の原則がとられていました。ところが、製造物責任については、過失責任の原則を捨て、製造業者に無過失責任を負わせるべきだとの考え方が強まりました。1963年カリフォルニア州最高裁判所はグリーンマン事件判決において、無過失責任の原則(厳格責任理論)を採用し、1965年に公表された第2次不法行為法リステイトメント402条Aは製造物責任について無過失責任の原則(厳格責任理論)を採用しました。
EC諸国においては、各国で製造物の欠陥による事故については製造業者は過失がなければ、責任を負わないとする過失責任の原則がとられてきました。
各国は、それぞれ、この過失責任の原則をなんらかの形で変更し、製造業者に対し責任を追及しやすくしていました。これらの動きは、各国ごとにかなりの差異がありました。そこでECは、各加盟国の製造物責任に関する、原則を統一する作業を開始し、1985年7月25日、EC閣僚理事会において「EC指令」が採決され、同月30日、各加盟国に通告されるに至りました。同指令は、過失責任の原則を採用せず、無過失責任の原則を採用しています。
(ハ)
我が国における無過失責任主義の採用
我が国におきましても、大気汚染防止法、水質汚染防止法で事業活動に伴って排出された有害物質によって生じた人身損害につきましては、事業者の無過失責任が規定されていました。
製造物責任についても無過失責任を導入すべきであるとの意見は、私法学者、弁護士、各種消費者団体から特に昭和50年代以降強く主張され、立法化の手続が各界の意見を聴取しながら慎重に進められてきました。
第13次国民生活審議会消費者政策部会は、平成3年10月の中間報告で我が国においても、製造物責任について、製造業者に無過失責任を負担させるべきであるとの見解を表明しました。以上の経過を経て、我が国においても製造物責任法が制定され、無過失責任主義が採用されました。

製造物責任法における無過失責任の内容

(イ)
過失責任と無過失責任
過失責任の原則とは、行為者に過失がなければ責任がないという原則をいいます。これに対し、無過失責任の考え方は、責任を負担すべき者に過失があるか否かを問うことなく責任が発生する考え方をいいます。無過失責任の考え方においても、法的責任に関し、当然なんらかの責任要件は必要となります。
(ロ)
製造物責任法における責任要件
前記のとおり製造物責任法では、無過失責任の考え方が採用されています。
そして、製造物責任の成立要件としては、製造物に「欠陥」があることが必要であるとされています。換言すれば、製造物責任の成立要件には、製造業者等に過失があることは必要とされず、製造物に欠陥があれば足りるわけです。消費者は、安全性に欠けた製造物に欠陥があることを主張、立証すれば製造業者等に過失があることを主張、立証しなくとも製造業者等に対し、製造物責任を負わせることができます。製造物の「欠陥」の立証は「過失」の立証に比較して、証明事項が単純化、明確化でき、かつ証明もかなり容易ですから、消費者は製造業者等の製造物責任を追及しやすくなります。また、過失の有無の判断は、注意義務の程度によって結論が異なりますから、裁判所の判断にバラつきがでる可能性を否定できませんでしたが、「欠陥」の判断は客観的事項についての判断ですから、裁判所の判断のバラツキはより少なくなり、消費者、製造業者双方にとって法的責任の有無に対する予見可能性が高まるといえます。
(ハ)
開発危険の抗弁との関係
製造物責任法4条1号は、「開発危険の抗弁」を採用しています。開発危険の抗弁とは製造業者等が、当該製造物を引き渡したときにおける科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったことを証明した場合には、製造物責任を負わないという制度をいいます。
開発危険の抗弁は、欠陥についての予見可能性を問題にするものですから、この点において過失責任の考え方と類似しています。しかし、開発危険の抗弁は、過失責任とは、以下の点で明らかに異なっています。
(a)
過失責任では、「過失」は不法行為に基づいて損害賠償請求権の成立要件となっており、被害者側で主張、立証しなければなりませんが、開発危険の抗弁で問題となる「予見可能性」は、製造物責任の成立を否定する要件(抗弁事由)であり、製造業者等の側で主張、立証しなければ製造物責任を免れることはできません。
(b)
過失責任では、過失の判断の前提となる注意義務の程度については特に法律で定められていませんが(判例は、製造業者等の注意義務の程度を高く設定する傾向にありました)、開発危険の抗弁では、抗弁事由の判断の前提となる予見可能性は、入手可能な最高水準の科学又は技術に関する水準を基準として判断されることが法律上明記されています。

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