株式の外部流出防止

事業承継マニュアル

第2章

事業経営の承継

集合写真
第2

経営権の確立

2

株式の外部流出防止

(1)
株式の外部流出防止の必要性
原則として、各株主はその所有する株式を自由に譲渡できます(株式譲渡自由の原則、 会社法127条)。また、現在の株主が死亡すれば、相続によって株式が分散してしまう おそれがあります。このように、株式が外部に流出する可能性は常に存在します。
株式が外部に流出した場合、新たな株主がオーナー経営者や後継者の意に賛同する株 主であるとは限りません。オーナー経営者の経営権を確立して事業承継を円滑に進める ためには、株式の外部流出の防止を検討すべきです。
(2)
定款による譲渡制限
(イ)
内容
本来、株式は自由に譲渡できる性質のものですが、同族経営の閉鎖的な会社では、 会社の関知しないところで株式を自由に譲渡されては不都合です。そのため、定款で「会社の承認がなければ譲渡できない」旨の規定をおけば、自由譲渡を制限することができるとされています(会社法107条1項1号、2項1号)。発行する全部の株式につきこのような定款の定めをおいている会社(会社法上の公開会社にあたらない株式会社)のことを、実務上「譲渡制限会社」と呼んでいます。
定款で譲渡制限をしても、完全に譲渡を禁止できるわけではなく、取締役会(取 締役会非設置会社の場合は株主総会)の承認を必要とするというだけです。もし取 締役会(または株主総会)が承認しなくても、非承認の場合は買受人を指定するよ うに請求すれば、会社の指定した相手方に対して譲渡することができます。会社が 買い受けることもでき、その場合には、会社が当該株主に買取りの通知を行い、後 述の金庫株の取得の項で説明するような手続を行っていくことになります。
もし、この規定以上に厳しい制限を定款で定めても無効です。
(ロ)
譲渡制限新設の手続
昭和 41 年に譲渡制限についての商法上の規定が定められる以前に設立された会 社等には、同族会社であっても定款に譲渡制限がないこともあります。定款に新た に譲渡制限を設ける場合は、定款の変更として、株主総会の特別決議が必要であり、 この決議に反対した株主には、会社に対する株式買取請求権が発生します。
譲渡制限がつくと、株券発行会社においては、株券に譲渡制限のあることを記載しなければなりません。そこで、会社は、譲渡制限がついたこと及び株券提供する ことを定款所定の方法で公告します。この期間は少なくとも1ヶ月間必要です。こ のようにして、既に発行している株券を全部回収し、譲渡制限がある旨の記載のあ る株券を新たに交付します。公告が終わってから、公告したことを証明する資料を 添付して譲渡制限の登記をします。
(ハ)
反対株主の買取請求権
設立後、定款に譲渡制限を付する場合は、一定の方法で譲渡制限に反対した株主には、会社に対し自分の株式を買い取るよう請求する権利が生じます。したがって、 すでに具体的な紛争がある場合に新規に譲渡制限を付すると、反対株主の買取請求 権に基づいてできるだけ高額で買い取るよう要求されることがあります。この買取 請求権を行使するには、株主総会決議前に反対意思通知書を会社に提出し、そのうえで総会で反対の議決権行使をしたにも関わらず定款変更されたことが必要です。
反対意思通知書は、内容証明郵便で、かつ配達証明付で出すのがよいでしょう。そして、定款変更の日から20日以内に買取請求をし、その後請求株主と会社は価格 について協議をします。株主総会から30日以内に価格に関する協議が成立しない 場合、それから30日以内に、請求株主は、裁判所に対し、株式買取価格決定申請 をします。
(3)
譲渡しない合意の効力
では、①会社以外の者と株主の間(株主間を含む)、あるいは2株主と会社との間で、自分の株式を他に譲渡しないという合意をしたらどうでしょうか。この点、①の会社以外の者と株主の間での合意は原則として有効であるが、②の会社と株主との間での合意 は無効であり、①であっても②の脱法手段と認められる場合は無効という考えが支配的 です(なお、②について無効と判断した事案として東京地判昭34.10.12)。これ は、会社と株主との間の合意で譲渡禁止ができるとすれば、商法が定款による譲渡制限を定めた趣旨を骨抜きにする手段となり、脱法行為を認めることになるためです(したがって、定款による譲渡制限と同程度の内容であれば有効です)。
また、合意は当事者間限りでは有効としても、当事者以外の者に対してこの合意の効力を主張することはできません。すなわち、そのような合意に反して第三者に譲渡された場合、当該第三者は有効に株式を取得するので、譲渡自体を阻止することはできません。合意の効力として、当事者間では合意を守るよう求めることやそれに対する違反に ついて合意違反で損害賠償請求をすることができますが、このような合意はあくまで当 事者間の約束にすぎず第三者に対して強制できないのです。
また、合意の状況その他事情次第では、そのような合意は無効とされる可能性も否定できません。
相続禁止にすることも、譲渡禁止にすること同様に、不可能です。特に相続の場合は、 一般の譲渡と違い、取締役会の承認も必要とせず当然に株式が移転することとなってい ます。もっとも、相続であっても、株主として権利行使するためには株主名簿の変更が 必要で、会社に対しその旨の手続をすることが必要です。
(4)
納税資金捻出のための株式売却の防止
(イ)
事業承継と納税及び遺産分割資金
内部留保の厚い会社では、相続の際株式の価値を算定してみると、非常に高額になることがままあります。当然ながら、価値の高い財産の承継にかかる税金は高額です。
税金を払う資金がなければ、株式を直接物納するか、株式を他に売却して納税資 金を捻出することになります。オーナー経営の会社は譲渡制限会社で非公開の会社 が多く、このような会社の株式は株価もわかりにくく流通性が低いため、物納も他 への売却も困難であることが一般です。
物納を利用するためには、延納によっても金銭納付が困難な事由があることが必要となり、かつ、その納付を困難とする金額を限度として物納が認められます。
さらに物納をするには、相続税申告書を期限内に提出し、物納申請書も申告期限 内に提出していることや、物納しようとする財産が管理又は処分するのに不適当で あると認められない財産であることなど要件は細かく、また、非常に厳しいものとなっています。
また、相続が起こってから納税資金を得るために会社株式を売却しようとしても、 相場のない株式では買い手がみつかりにくく、また、買い手があったとしても支配権に興味があっての申し出であることが多いため、たとえ株式売却に成功しても、 愛着ある会社の支配比率低下もしくは支配権移転を招く結果となってしまいます。
このほか、後継者以外の相続人に遺留分がある場合には、遺留分を侵害しない範 囲で株式以外の財産を残してやれなければ、後継者でない者が会社株式を取得し、その分後継者の支配比率が低下することになります。
会社の経営を確実に後継者に引き継がせるためには、株式売却や、後継者以外へ の株式相続を回避できるように、株式以外の他の資金等を準備しておくことが必要です。
(ロ)
納税資金の準備
(a)
役員報酬
内部留保が大きい会社ほど株価が高く評価され、相続財産の価値及びそれにか かる税金は高くなります。オーナー経営者のなかには、自分は十分な報酬も受け 取らずに会社を大きくし、会社の内部留保を厚くしている方も少なくありません が、それでは、会社相続にかかる税金が高額になる一方で、納税資金に窮してしまいます。
解決法は、このことを見据えてオーナー経営者に対し十分な役員報酬を支払う ことです。そうすれば、オーナー経営者(代表取締役または取締役等でしょう) に対して業績に応じた役員報酬を支払うことで、この報酬のなかから納税資金に まわすことができ、それと同時に利益の平準化により自社株の評価額が低めにな るようにすることができます。
取締役の報酬の決定について、商法は、定款にその額等を定めていないときは 株主総会の決議をもって定めるものとしており、法定の手続に沿って行う必要が あります。定款記載または株主総会の決議が必要とされている趣旨は、会社(会社の所有者である株主)の不利益において取締役が不当に高額な報酬を恣に得ることの防止です。
もっとも、定款に記載するとその変更には定款変更手続を要し、また、役員個人に対する具体的金額をプライバシーとして公開したがらない傾向があること から、実際には、過去に裁判例が示したような一定の要件をみたす形で個人の具 体的金額の公開を避ける方法が多くとられています。すなわち、一定の支給基準 が確立され、かつ、それが株主らにも周知ないしは推知しうべき状況があったこ となどの条件を満たすよう留意しつつ、役員全体での報酬総計の限度を示すなどして株主総会決議をとっているのが実情です。このような方法が許容される前提 としては、役員報酬及び役員退職金について規程を作成し、これを株主が認知し うる状態においておくことが必要です。
この点、平成14年の商法改正で新たな規定が設けられ、不確定金額を報酬と する場合はその具体的な算定方法を、金銭以外のもの(社宅の低額提供等)を報 酬とする場合においてはその具体的な内容を定めることとされ、あわせて、その議案を提出した取締役は、株主総会においてその報酬を相当とする理由を開示しなければならないと定められました(旧商法269条,会社法361条4項)。
確定金額を報酬として定める場合は従前のとおりと考えられますが、不特定金額や金銭以外のものの場合についてはこの条文の規定に従うこととなります。
(b)
役員退職金等
また、役員退職金も大いに活用すべきものといえます。役員退職金も役員報酬と同様、納税資金や代償分割の資金として役立つものですが、役員退職金は、オ ーナー経営者が会社から引退するときに発生・交付するもので、事業承継がいよいよ具体的になってきた時点でのものであるため、特に有用です。死亡による退 社等の場合には、会社から弔慰金の支払いをすることも可能です。
なお、前述(a)のとおり、取締役の報酬決定には法定の決定手続があります。こ の「報酬」には退職慰労金やこれに代わる弔慰金も含むとされていますので、役員退職金・弔慰金の決定・支払いについても、(a)と同様、株主総会の決議が必要です。無用の紛争を防ぐためには、役員報酬同様、あらかじめ規程を作成し株主が認知しうる状態においておくのがよいでしょう。
(c)
生命保険金の活用
会社から役員退職金を受けて納税資金とする途については前述しましたが、この役員退職金の支払い原資を会社が準備するうえで、被保険者をオーナー経営者、 契約者及び受取人を会社とする生命保険が活用できます。
このほか、受取人・契約者を後継者あるいはオーナー経営者本人、オーナー経 営者を被保険者として生命保険をかけ、後継者あるいは相続人がその保険金を納税に利用する方法もあります。
(5)
会社による買い取り
会社が所有している限り、他の者に当該株式が流出し利用されることはありません。
そこで、第三者に流出する前に(あるいは流出先の第三者から)、会社が株式を買い取ることが考えられます。
前述のとおり、会社が自社株を買うこと(自己株式の取得)は平成13年の商法改正 において一般的に許容されました。ここでは、自己株式を取得する手続の代表的な例と して、(イ)譲渡制限会社の買取りの通知による自己株式の取得の場合、(ロ)それ以外の 一般的場合、の2つをご説明します。
(イ)
譲渡制限会社による買取りの通知の場合
株主からの株式譲渡承認請求があった場合、取締役会(取締役会非設置会社においては株主総会)は請求の日から2週間以内に、この譲渡を承認するか否かの決定をし、株主に決定内容を通知します。
譲渡を承認しない場合、会社による株式買取りについて、株主総会の特別決議を受けます。この特別決議においては、株式の譲渡承認を請求した株主は議決権行使 ができず、行使することができない議決権の数は出席した株主の議決権の数に算入しないこととされています。
なお、上記2週間の通知期限内に、譲渡承認の可否についての通知をしない場合および株主の請求から40日以内に会社から株主に対して下記の買取りの通知をしない場合には、株式の譲渡について取締役会の承認があったとみなされるので、注意が必要です。
会社は、譲渡承認請求をした株主に対し、買取りの通知をします。この通知にあたって、会社は、最終の貸借対照表により会社に現存する純資産額を発行済み株式 総数で割った数(1株あたりの株式の簿価)に譲渡しようとする株式の数を乗じた 金額を供託しなければなりません。そして、この供託すべき額は、最終の貸借対照 表の純資産額から配当可能利益算出のための控除項目等の合計額を控除した金額を超えてはならないとされています。もしこれを超える場合には、会社は供託をする ことができず、結局、当初株主が承認請求した株式譲渡について会社の承認があったものとみなされることになります。
会社が適法な供託を伴う買取りの通知をしたときは、買受人請求をした株主と会 社との間で当該株式の売買契約が成立します。この売買契約では、売買価格については白紙のままなので、売買契約当事者間で売買価格の決定について協議することになります。つまり、売買価格については特別決議で決議しなくてよいわけです。
この協議が整わない場合は、裁判所に価格の決定をゆだねることになります。
(ロ)
上記以外の一般的な場合
まず、株主総会の普通決議により決定し、市場取引または公開買付で取得する 方法があります。なお、会社法上の公開会社においては、市場取引または公開買 付の場合に限り、会社は定款で定めれば取締役会の決議で自己株式を取得することができます(会社法165条第2項)。
また、会社法制定に伴い、株主総会の授権の範囲において、取締役会(取締役 会非設置会社においては取締役)が、広く株主への通知又は公告をなし、株主か らの譲渡を募る方法が認められるようになりました(会社法156条ないし15 9条)。
なお、この取得価額の総額は、配当可能利益を超えることができません。つまり、配当可能利益のある定時総会に限って自社株取得の決議ができるわけですが、 定時総会で法定準備金の減少又は資本減少の決議をする等の方法で配当可能利益 を大きくすることもできます。また、その営業年度末に資本の欠損が生じるおそれがある場合も、自己株式を取得することができません。
特定の相手方から相対取引で自己株式を取得する場合については、株主総会の 特別決議が必要となります(会社法160条1項、309条2項2号)。特別決議の対象は、「株式の種類・総数、取得価額総額、特定の者から買い受けるときはそ の者」です。買取りの通知の場合と違い、売買価格についても特別決議の対象と なることに注意が必要です。この特別決議については、他の株主は事前に一定の 手続で自分も売主に加えるよう請求する権利があります(会社法160条2項、 3項)。もっとも、この請求権は定款で定めることにより排除することが可能です (会社法164条1項)。
(6)
新株予約権、新株予約権付社債等の権利行使と外部流出
従来のストック・オプションや新株引受権は、新株予約権というかたちになりましたが、後継者以外の者がこれを行使することによっても外部流出の結果を生じ、持分割合は変動します。
新株予約権については、原則として、会社法上の公開会社においては、授権の範囲内で取締役会決議により発行することができます。ただし、譲渡制限株式を発行する場合 や、特に有利な価額で第三者に発行する場合には、新株予約権を発行するには、株主総 会の特別決議が必要です。これは後述する新株予約権付社債でも同様です。また、新株 予約権を他人に譲渡するには取締役会の承認を要すると定めることができます。この定めは取締役会における新株予約権の発行決議で決めることができ、定款において行う必 要はありません。予約権に譲渡制限を付す場合、募集の方法等を公告または株主に通知 する際や、新株予約権証券等に、これを記載しなければなりません。新株予約権についても新株発行と同様、その登記や、発行差止請求等、類似の手続があります。
新株予約権社債(従来の転換社債を含む)は、オーナー以外の者が新株予約権や転換権を行使することによって、外部に株式を流出させる結果を生じます。持分割合の変動をきたす点は、第三者割当増資と同様です(第三者割当増資の手続・内容等については、後記4で詳述します)。
新株予約権、新株予約権付社債等を発行する場合は、第三者割当増資同様、引受人や発行株式数等に注意が必要です。

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