遺言によって実現したい内容に課される制限(遺留分)

事業承継マニュアル

第3章

事業財産の承継

集合写真
第2

遺言による承継

7

遺言によって実現したい内容に課される制限(遺留分)

前記しましたように、遺言の内容が全てそのまま実現されるとは限りません。法律が遺言内容を修正するものとして、遺留分の制度があります。
遺留分制度とは、相続財産につき、一定の立場にある相続人に対しては、被相続人本人の意思に反してでも一定の割合(遺留分)だけの承継を保障するという制度です。
(1)
遺留分をもつ相続人
配偶者、子、直系尊属(父母・祖父母等)です。ただし、相続の欠格、廃除、放棄によって相続権を失ったものは、遺留分の権利もありません(代襲相続が可能な場合、代襲者は遺留分を主張できます)。
(2)
遺留分の割合
遺留分として民法の定めにしたがって分配しなければならない相続財産(総体的遺留分)は、相続人が直系尊属しかいない場合は相続財産全体の3分の1、それ以外の場合は相続財産全体の2分の1です。
各相続人個人が承継する個別的遺留分は、上記総体的遺留分を法定相続分の割合で分配したものです。
すなわち、遺留分の額=遺留分算定の基礎となる財産(下記(3))×当該相続人の法定相続分、となります。
(3)
遺留分算定の基礎となる財産の確定
遺留分算定の基礎となる財産=①相続開始時に被相続人が有していた財産の価格+②被相続人が生前贈与した財産の価格-③債務全額、です。
(イ)
被相続人が相続開始時に有していた財産の価格
被相続人が贈与した財産や死因贈与した財産もこれに含まれます。
系譜・祭具等の祭祀財産や、恩給受給権のように被相続人の一身に専属する権利は、これに含まれません。
(ロ)
贈与
相続人が生前贈与した財産のうち、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した財産、及び、相続開始前の1年間に行われた贈与財産については、遺留分算定の基礎となる財産に含まれます。
また、不相当な対価でなされた有償行為は、契約当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合に限り、「贈与」とみなされます。この場合、その目的物の客観的な価値から対価の額を控除した額が、遺留分算定の基礎となる財産に含まれます。
また、「贈与」が特別受益(共同相続人において、被相続人から生前に婚姻、養子縁組のため、もしくは生活の資本として受けた贈与)の場合は、贈与の時期や損害を加えることを知っていたか否かにかかわらず、遺留分の額からその者の受けた特別受益を差し引いてその者の遺留分を算定します。
なお、「贈与」が負担付贈与である場合には、その目的物の価額中から負担の価格を差し引いて算定します。
(ハ)
債務
公租公課などの公法上の債務も含まれます。
相続財産に関する費用(相続財産管理費用等)や遺言執行費用は、これに該当しないとされています。
(4)
遺留分減殺請求権
遺留分を持つ相続人が被相続人から得た純財産額がその者の遺留分の額にみたないときは、遺留分の侵害があることになります。この場合、侵害を受けた者は、遺留分減殺請求権を行使して、侵害された遺留分に相当する財産を請求する(財産が侵害者に給付される前の場合は、侵害者に対する当該部分の給付を拒む)ことができます。
遺留分減殺請求権の行使の方法は、遺留分権利者(その承継人を含む)から相手方に対する意思表示をすれば足ります。とはいえ、遺留分減殺請求権は「遺留分権利者が遺留分侵害のあったことを知ったときから1年」で消滅時効にかかってしまう関係上、この期間内に、行使の日付の点も含めてはっきりした証拠の残る方法によって行うべきです。裁判上の請求として行う場合を除けば、配達証明付内容証明郵便の方法が適切でしょう。
行使の相手方は、原則として、減殺されるべき処分行為によって直接利益を得ている受遺者、受贈者です。例外として、相続等による包括承継人や、遺留分侵害の事情を知っていながらその財産を承継したり質権・抵当権等の各種権利を設定したりした者があれば、その者に対して行使します。
遺留分減殺請求権を行使すると、原則として、遺留分侵害をきたす遺贈または贈与は失効します。目的物の一部だけが減殺の対象となる場合には、その目的物については、相手方と遺留分権利者との共有関係になります。
遺留分の権利を放棄することは可能ですが、相続開始前に放棄する場合には、家庭裁判所の許可を受ける必要があります。
(5)
事業承継プランにおける遺留分対策
遺留分減殺紛争を予防するための対策としては、(イ)遺留分を侵害しない遺言をすること、(ロ)遺留分権利者となる相続人に遺留分の放棄をさせること、(ハ)中小企業経営承継円滑化法の遺留分の特例の適用(ニ)価額賠償の準備をすること、等があります。
(イ)
遺留分を侵害しない遺言
遺留分を侵害しない遺言にするには、各相続人に遺留分相当額以上の財産を相続させる遺言にしておく、遺産の一部についての遺言にとどめておく、遺留分を侵害されそうな相続人に対して生前贈与をしておく、等があります。
(ロ)
遺留分の放棄
遺留分の放棄は、本人の申立により行います。相続発生後は勿論、相続発生前でも可能ですが、相続発生前の場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
遺留分の放棄は、遺留分を侵害される相続人の自発的な意思に基づくことが必要であり、従来、現実には困難でした。しかしながら、平成15年度税法改正で新設された相続時精算課税制度(本書第4章第1・4参照)を利用して贈与することによって、遺留分の放棄はたいへん現実的なものとなっています。たとえば、後継者以外の相続人が、被相続人が死亡し相続開始してから遺産として10億円相続するよりも、被相続人が生存している時点において2億円の贈与を受けることを望む場合もありますが、これまでは、贈与税が相続税よりも高額であることを恐れて何の措置もとられずに相続紛争に発展するケースも見受けられました。しかし、上記制度により生前贈与と相続との税制度の障壁が低くなったことに伴い、オーナーと相続人(非後継者)の相互の希望を適切にコーディネートすることによって、オーナーが生前に贈与をし、その際、当該相続人が遺留分放棄の適法な手続をするというかたちで事業承継を成功させる事例が増えてきています。
(ハ)
中小企業経営承継円滑化法(遺留分の特例等について)
平成20年10月1日に中小企業経営承継円滑化法が施行され、後継者が現経営者の生前に①遺留分権利者全員の同意②家庭裁判所の許可③経済産業大臣の確認を得ること等の一定の要件を充足することで、現経営者が生前に後継者に贈与した自社株式について、遺留分の算定対象財産から除外することが可能になりました(除外合意)。
その結果、自社株式を遺留分の対象財産から除外することにより、より多くの預貯金等の財産を後継者に相続させることができます。
この除外合意制度は、遺留分の放棄と異なり、申請権者は後継者であり、後継者が積極的に行動することができるため、遺留分の放棄に代わる遺留分対策として注目されております。
なお、同法には、現経営者から後継者に生前贈与された自社株式を遺留分算定基礎財産に算入する際の評価額を予め固定することもできることが定められております(固定合意)。
遺留分算定の対象となる財産の評価時期は、贈与時ではなく、相続開始時であるため、後継者の努力などにより会社の経営状態が良好となり、贈与時より相続開始時の方が株式の価値が高い場合には、高騰した株式の評価額を前提に遺留分を計算し、後継者が他の相続人に遺留分相当額を支払うことになります。
この結果は,後継者として業績を上げたにも関わらず,遺留分の負担が増大する結果となっており,後継者の経営意欲を損なうことに繋がりかねません。
しかし、固定合意制度を用いることで、例えば、遺留分の算定対象となる自社株式の評価額を贈与時の評価額と固定した結果、贈与時以降の評価額の高騰については考慮されないことになり、遺留分による後継者の負担を減らすことなどが可能となります。
また、同法においては、中小企業の後継者が先代経営者からの贈与、相続または遺贈により取得した非上場株式に係る贈与税・相続税の一部を納税猶予、免除する制度も定められており、同法は事業承継に伴う相続税対策にも有用な法律となっております。
以上の通り、中小企業経営承継円滑化法を利用することにより、遺留分に対応することができます。
(ニ)
価額賠償の準備
原則として、遺留分減殺請求を受けた受遺者・受贈者は、遺留分権利者に対し、贈与または遺贈を受けた財産そのものについて、その遺留分侵害となる割合を返還しなければなりません。贈与(ないし遺贈)財産が金銭のように分割可能なものであれば問題はありませんが、株式や不動産のように、後継者とそうでない者との間に共有関係を持たせたくない財産については、問題が生じます。たとえば、贈与または遺贈を受けた財産が土地であった場合、この土地の遺留分侵害となる割合について遺留分権利者が共有持分をもつことになり、共有物分割の手続をしないかぎり、このような複雑な権利関係が続きます。
このような不都合を回避するのが価額賠償です。価額賠償とは、財産の現物そのものではなく、その価額にあたる金銭をもって、遺留分侵害分を返還することをいいます。遺言により遺留分の返還を価額賠償の方法で行うよう定めておくことができますので、そのような遺言を用意するとともに、価額賠償の弁償金を後継者が支払うことが可能となるようにしておくとよいでしょう。弁償金相当の金銭を特定の相続人に承継させる方法としては、相応の現金・金融資産を遺言により遺贈したり、遺留分減殺請求を受ける相続人を受取人とする一定金額以上の生命保険に加入しておく、等があります。

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