アメリカで主張された防衛方法

企業買収と企業防衛マニュアル

第2章

敵対的買収

集合写真
第2

企業防衛

アメリカで主張された防衛方法

M&Aの盛んなアメリカ合衆国では、買収に対する防衛策が数多く議論され、実際に採用されたりしてきました。それぞれの防衛策には、以下のように略称がつけられています。本格的な防衛方法であるのか、それとも、亜流の防衛方法であるのか、その効果をじっくりと検証しなければなりません。
なお、買収者が登場したときに企業を防衛するための効果が生ずる事前の仕掛けの中で、とりわけ新株予約権を利用したものを、一般に「毒薬」という意味でポイズン・ピル(poison pill)と呼んでいます。
(1)
ホワイト・ナイト
「白馬の騎士」と訳されます(white knight)。これは、買収されるおそれが生じたときに、買収の対象となった会社の経営者が、自分たちの地位が危ないと考えて、白馬の騎士に相当する友好的な企業に自社の株式を買収してもらうことによって、敵対的な買収者の買占めを阻止する方法です。ホワイト・ナイトは敵対的買収者に対抗する友好的買収者ともいえます。
ただし、逆に白馬の騎士が買収する側に味方してしまえば、現在の経営者は排除されますから、白馬の騎士になろうとする者が買収側と防衛側の間でキャスティング・ボートを握る場合もあります。
2005年2月のライブドアによるニッポン放送株買占めの際の村上ファンドの立場はこれに近いでしょう。この場合はむしろ覆面の騎士といったところでしょうか。
ホワイト・ナイトは、買収者が買収した株式を購入すること、つまり買収者の投資を肩代りすることもあります。
(2)
クラウン・ジュエル
(イ)
クラウン・ジュエルと焦土化作戦
これは「王冠についている宝石」と訳されます(crown jewel)。買収の対象とされた会社が、会社の貴重な財産、事業部門、子会社などを売却したり分社化したりすることによって、買収側に買収する意欲を失わせる方法による企業防衛です。
ライブドアがニッポン放送の株式を買収したときに、ニッポン放送はフジテレビ株式の22.5%を所有していましたから、これが貴重な財産、「クラウン・ジュエル」に相当するともいえましょう。
焦土化作戦(scorched earth defense)と呼ばれるのは、クラウン・ジュエルをさらに徹底させて、会社の魅力的な財産や事業のほとんど全てを売却してしまう作戦です。まさに会社を焼け野原にしてしまう方法ですが、経営者がどういう理由でそのような売却をしたかは問われるでしょう。防衛のための行為といえども、会社の価値を低下させないような行為であることが必要です。
(ロ)
手続的問題
日本法で考えた場合に、手続的に注意することがあります。重要な財産の売却については、取締役会の承認が必要になります。3人以上の特別取締役が決定するように定めることもできます(詳細は会社法第373条)。また、売却の対象物が単なる財産ではなく重要な事業の譲渡に該当すれば、株主総会の特別決議が必要になります。
(ハ)
資産売却後の防衛手段
売却対価は資金として会社に残りますが、買収の対象とされた会社としては、この資金を原資として、逆に買収会社の株式を4分の1以上購入して、買収会社が対象会社に対して有する議決権を停止させる方法があります。なお、新しい会社法の下における株式相互保有規制の細目は法務省令で決めることになっています(会社法第308条第1項参照)。
(ニ)
貸株について
クラウン・ジュエルとの関係で貸株に触れておきます。これは買収の対象とされた会社が価値のある他社株式を有する場合に、買収される前にこれを第三者に貸しに出す行為です。貸手からは貸した株式の返還を請求することができず、借手からはいつでも返還できるというように契約内容が定められたりします。
こうすると、対象会社はその他社に対して有する株式の議決権を行使することができなくなり、また、議決権を容易に回復できないことになりますから、その他社の株式欲しさに対象会社の買収を企画した買収者の頭を冷やす効果があります。
ライブドアに買収されたニッポン放送が、自ら保有するフジテレビの株式をSBIに貸した例があります。
しかし、会社の取締役は会社のために善良な管理者として業務を執行する義務を負っていますから、どういう理由で会社の保有している大事な株式を他人の手に委ねたのかということは問題になる余地があります。賃料を十分に受領したのか、株主としての権利を行使することができなくなった期間の埋め合わせは十分取得したのか、間違いなく返還される保障があるのか、などが問題になりましょう。少なくとも、会社にとって明らかに不利な取引(株式の貸借)であれば、取締役の責任を追及されるおそれがあります。
(3)
支配株主交替条項
取引先との契約の中に、会社の支配株主が変更した場合には、取引先は契約を解除することができるとする条項(change of control clause)を入れておく方法です。会社にとって重要な取引先、特許提供者などとの間で、もし会社が現在の経営体制と異なる者の支配を受けるようになったならば、取引先は契約を解除することができることを約束しておいて、実際にそうなったら、取引先が会社から逃げてしまうという作戦です。その取引先が会社の経営にとって重要であれば、買収者の買収意図をくじく意味があります。
ただし、取引先はあくまでも会社の外の者ですから、取引先が買収者と結託する可能性もあることを考えておかなければなりません。
(4)
パックマン・ディフェンス
逆買収ともいわれる積極的な買収防御策です。買収の対象とされた会社が、買収しようとしている会社に対して、逆襲の買収をかけて同じ痛みを経験させる方法です。自分を呑み込もうとする相手を反対に呑み込んでしまうゲームのパックマンに類似していることから、このように呼ばれます。
会社法では、A社がB社の株式の25%以上取得すると、B社はA社の株式を保有しても、A社の株主総会においてその議決権を行使できないことになっています。A社が保有するB社株式と、A社の子会社が保有するB社株式とを合計したもので、この数値要件をみたした場合も同じです。
このことは、買収の対象とされた会社が、買収会社の株式を25%まで買い集めれば、対象会社の株主総会において買収会社の影響力を排除できることを意味します。
(5)
ゴールデン・パラシュート
これは、経営者や従業員の報酬、退職金の決定手続を工夫するという方法です。経営者が金ピカの落下傘で危機状態を脱出するという意味で、ゴールデン・パラシュート(golden parachute)と呼ばれているのです。具体的には、買収の対象となった会社の役員が、解任や辞任に際して巨額の退職金を受領すること、または、離職後も一定期間の報酬が保障されることを会社との契約で決めておく方法です。もちろん、報酬や退職慰労金に関しては、会社法が定めている決定方法に従うことが必要です。
買収者が乗っ取りに成功しても、この契約を無効にするわけにはゆきませんから、追い出された経営者は悠々と出てゆくということです。従業員に関して同様の契約をすることを、ティン・パラシュート(tin parachute)とも呼びます。こちらは、錫またはブリキの落下傘というところです。
この方法は、株式関係には手をつけずに経営者の利害によって防衛する方法ですが、経営者が会社や従業員を見捨てて脱出したと宣伝されるおそれはあります。経営者が経営を誤っているがゆえに買収に遭遇した場合であれば、多額の資金の持ち出しは背信行為となりましょう。ただし、ゴールデン・パラシュートは、買収によって得られる成果を減少させるということ、すなわち、買収が割高になるという効力をもちますから、個人的利害とは別に、買収回避の効果があると考えられます。
買収の対象となる会社の役員について、数年分の報酬に相当する退職金の支払が保障されるならば、役員は執拗に買収に抵抗しないで辞任する可能性があるかもしれません。このことをメリットと考えたときには採用できる方法でしょう。
反対に、脱出のパラシュートを確保した経営者が慎重さを欠く経営に傾くおそれがないかも考えなければならないことです。

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