平時の一般的対策

企業買収と企業防衛マニュアル

第2章

敵対的買収

集合写真
第2

企業防衛

平時の一般的対策

既述したように、アメリカでは「あだ名」のついた企業防衛方法が多々ありますが、以下では、日本の法制の下で考えられている各種の防衛方法を、平時の一般的対策と本格的な防衛方法という大きな視点で分類して考えます。
平時の一般的対策を例えるならば、市街戦が始まる前にあらかじめ道路を拡張しておくようなものでしょう。道路は戦いのためだけのものではありませんが、いざ街が戦場化したときは機動的な動きができて便利です。
このように、戦時の状況を見極めて、あらかじめ、自己が使える装置の使い勝手を良くしておく作戦があります。
(1)
発行可能株式数の拡大
会社が発行することが許される株式の数は各社の定款に定められていますが、その発行株式数の枠を拡大しておく方法です(会社法第37条参照)。そうすれば、買収が進んできたときに、会社や経営者の味方となる者に株式を発行して全体の株式数を増加させることによって、買収者の株式取得による支配割合を相対的に低くする策を考えることができます。そのような事態に備えた事前の準備の一手段です。
ただし、会社法は、会社の資金需要を満たすのでない、あからさまな第三者割当の株式の発行は問題であるとしていますから、発行枠を確保しておいたとしても、友好的な株主に対して大量の株式を容易に発行できるわけではありません。
また、株式発行枠の拡大は定款の変更事項になりますから、株主総会の特別決議が必要になります(会社法第466条)。株主総会で株主に反対されて成立しなかった例については、既に触れました(第2章第2の4(2)参照)。
(2)
取締役の解任決議要件の厳格化
買収者が少々の株式を買い集めただけでは、株主総会において現職の取締役を解任することができないように、定款で取締役の解任要件を厳しく定めておく方法です(会社法第341条)。
もっとも、取締役には任期があるため、永続的な防衛手段ではありませんが、買収者を牽制する意味はあるでしょう。
(3)
取締役の期差選任
取締役の任期切れの時期をずらしておく方法です。
役員の選任は登記すべき事項ですから、2年任期の取締役であれば、再選をする場合も含めて全員の選任、再任の時期を統一して、例えば偶数年の総会終了後に登記をすることにしておけば、手続や登記が2年に1回になりますから、手続面でも経費面でも節約になります。
しかし、企業防衛のことを考えたときに、そうしないで任期満了時期をずらす方が効果的であると考えられます。すなわち、全ての取締役が同一の株主総会で再選の議題となることがないように、役員の選任時期、再選時期をずらしておき、買収者によって株主総会が支配されても、少なくとも一人は株主総会の再選議題の対象にならないで取締役として残留するようにしておく方法が防衛策として考えられています。アメリカではスタッガード・ボード(staggered board)とも呼ばれます。また、取締役の解任要件を株主総会の普通決議ではなく、特別決議にしておけば地位はさらに強化されます(会社法第341条)。
このようにして取締役が一人でも残留すれば、会社の情報を得ることができますし、また、次の取締役選任のための株主対策、委任状対策などに精力を出せます。なお、非公開会社では、定款で取締役の任期を10年まで伸長することができます(会社法第332条第2項)。
一方、任期が4年である監査役については、買収後も居残る可能性は大きいといえるでしょう。
(4)
取締役の定員の充足
取締役の人数は各社が決定できますが、選任できる人数の取締役を常に選任して満杯にしておいて、株主総会を支配した買収者が主導的に選任することができる取締役の空席を残しておかない方法です。
買収者は定款を変更しない限り、取締役を選任することが困難になり、定款を変更するためには、もっと株を買い増さなければならなくなります。
ただし、前述したように取締役には任期がありますので、永続的な防衛方法ではありません。
(5)
株主総会の特別決議要件の過重
買収の防衛策を考えるときに、株主総会の特別決議を要する事項は非常に重要です。なぜならば、特別決議が成立するための要件は、会社の全ての株主の有する議決権の3分の2以上の賛成が必要であるからです(株主総会に株主全員が出席することを前提とした場合)。すなわち、買収側が3分の1の株式を取得しますと、会社は買収者の意向を取り入れなければ、株主総会において特別決議を成立させることができなくなります。
何が特別決議事項であるかは会社法が定めており、定款変更、合併、株式交換、会社分割などがこれに該当します。
この特別決議事項の決議要件については、個々の会社がさらに厳重に定めておくことができます(4分の3以上など)。また、会社法では、株主総会の決議に加えて一定数以上の株式を有する株主の賛成を要するというような付加要件を定めることも認めています(会社法第309条第2項)。
具体的には、合併、株式交換、会社分割などによって他社に吸収されるときに必要な株主総会の特別決議要件を、90%以上の議決権を有する株主の同意が必要であるなどとするように、株主総会の決議要件を厳しく定款に定めておく作戦です(会社法第309条第2項参照)。
他社と合併するなどの企業組織再編行為をすることが厳しく制約されるというマイナス要因が対象会社に付加されることになるため、敵対的買収の場面において、買収意欲を減退させる買収防衛策となります。ただし、このような場合でなく、友好的に他社と合併するような場合にも制約として機能することになります。
アメリカでは、スーパー・マジョリティ条項(super majority provision)と呼んでいます。これは、株主総会の決議要件を定款で厳格に定めておく方法です。
(6)
増配
株主が継続して会社の株主であり続けることを望むならば、他人がその会社の株式を買収することは困難になります。つまり、株主の定着度を高くすることは企業防衛の意味があります。
配当の増額は、会社に対する投資魅力を増すことで既存株主の株式継続保有を促し、新規株主の登場を阻止する手段の一つです。インカムゲイン(配当、中間配当)の増加、株主優待制度の利用、新株予約権の付与などで現在の株主を優遇して、株式を売却しないように誘導する行為が防衛の効果をもつことがあります。
会社法は剰余金の配当につき、金銭配当や現物配当などを定めています(会社法第453条以下)。これによりますと、一定の要件を満たした会社では、取締役会の決議限りで剰余金の配当をすることができますし(会社法第459条第1項)、配当時期も随時となります(会社法第453条、第454条第1項)。
配当する原資が会社に過大に蓄積されていたからといって、単純に過剰蓄積、過少配当の問題になるわけではありません。しかし、役員、従業員が良好な待遇環境を形成、維持し、その反面で配当など株主優遇措置を放置しているとみられる状態があったとすれば、その是正をしないと株価が伸び悩み、結果的に買収者につけこまれる余地が出てきます。
これは平時の策ではありませんが、買収会社が公開買付けをしている期間中に、対象会社が配当額を従来の10倍以上に引き上げることを公表して防衛した例として、ユシロ化学やソトーの防衛策があります。増配によって株主が株式を売却する意欲をなくす結果として買収が頓挫するのです。
(7)
議決権の制限
非公開会社であれば、株主が株主総会で行使することができる議決権数の上限を定款で定めておく方法があります。「いかなる大株主も全体の20%を超える議決権を行使することはできない」などと定款で規定しておくのです。会社法の改正によって、非公開会社は株主平等原則を定款で排除することが認められたため、大株主の議決権行使にタガをはめることができるようになったのです(会社法第109条第2項参照)。
ただし、この定款変更には、株主総会において株主数の半数以上、かつ、全体の議決権の4分の3以上の賛成が必要です(会社法第309条第4項)。また、このような制限は敵ばかりでなく味方にも降りかかりますから、株式分布をみて情勢を見極める必要があります。

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